10.希望に向かう ~エピローグ~
10.希望に向かう
「セリナ」
二人の青年の声が、見事に重なった。
緩くウェーブした紫の髪を揺らしながら、一人の少女が歩み寄る。大粒のアメジストが彼らを交互にとらえ、かすかに咎めるような色を灯した。
「アレスお兄様もユウマお兄様も、軽い打ち合いだと仰っていたのに熱くなりすぎですわ。今日は身体を休めて、明日に備えようと提案されたのはお兄様たちですのに」
「ああ、そうだったっけか。悪い、こいつが相手だとつい力が入っちまう」
金色の前髪をかきあげながら、黄玉の瞳を持つ青年――アレスが茶目っ気たっぷりに笑う。流れるような動作で手に持った長剣を腰の鞘に滑らせると、セリナの頭をポンポンと叩く。
ん~、と伸びをしながら離れていく長兄を、その手に握られた豪奢な造りの剣を目で追っていた彼女は、カシャン、という乾いた音に顔を向けた。
もう一人の青年の大剣が、地面に突き立てられていた鞘へと収められていく。理知的に光る蒼目がアレスとセリナを順に映し、持ち主である青年――ユウマの唇から歎息を漏れ落とさせた。
「ユウマお兄様。私、ずっと気がかりなことがあるんです」
「――神光剣にまつわる呪いの話、だな?」
確認するような物言いに、セリナはわずかに沈黙したのち素直に頷いた。
「アレスお兄様が扱われているあの剣――。強力な呪いを施されていると聴かされましたが、アレスお兄様があれを振るわれ始めて何かが起きたとはあまり思えません。もし仮に“あの力”を使った場合、それが反動として現れる可能性はないのでしょうか……」
「可能性はない、とは言い切れない。その呪いがどういう類のものか、未だ解明されていないからな。だが、“あの力”を使って発動されると解ったところで、何になる? 俺たちには、“あの力”が必要不可欠だ」
淡々と語られる正論に、セリナはうつむいた。
ドサッ、と背後から肩にかかる衝撃に、驚いた彼女の瞳が真横に並んだアレスの顔を、そして彼のもう片方の腕が次兄に回されている様を見止めた。
「おい、ユウマ。セリナを泣かすんじゃねえぞ」
「泣かしてなどいない。俺はただ、真実を口にしただけだ」
「おまえの場合、それが身も蓋もねえんだよ」
ジトッと睨んでくる黄金の瞳に、ユウマは小さく吐息をつきながら目を背けた。
ユウマとセリナの間を繋ぐように両腕を預けた状態で、低く抑えられた声音がアレスから発せられる。
「“あの力”――ガルディフォアラードを解放できるのは、泣いても笑っても一度だけだ。明日、全てに決着をつける。俺たちの前世からの宿命、てやつにもな」
「ああ」
「……はい」
憂いを帯びた可憐な顔立ちが、神妙そうに縦に動かされる。
彼女の様子に、おいおい、とアレスが声を上げた。
「なんて顔してるんだよ、セリナ。おまえらしくない。不安な気持ちもわかるが、おまえはこの世界の――、いや、俺たち二人にとっても“希望”そのものなんだぜ? もっと笑っとけって」
アレスの掌が、複雑そうな面立ちの紫髪をクシャクシャと撫で回す。
長兄の行為に戸惑いながら、セリナは紫の瞳を大きく揺らした。チラリ、と目を向けた先で、蒼髪がゆっくりと首肯される。
「アレス、お兄様……、ユウマ、お兄様……」
彼女の唇が緩々と、一輪の花がほころんでいくように開かれていく。
「はい……!」
彼女の顔に、目映いほどの満面の笑みが描かれた。
***
遠目に見える、大きく茂った一本の木。三股に分かれた街道の中央、目印のようなその木の根元。
嫌でもよみがえる、幼馴染二人の姿と戻ってきてくれるよね? ――真摯な問いかけ。
きつくきつく唇をかみしめながら、ノラリダは浮かんでは消えていく先ほどまでの光景を振り払うように、前を走る赤髪の少年の後を懸命に追った。
今はただ、希望に向かう、そのことだけを胸に――。
そして舞台は、光、正義を経て、最後の希望アナサへと移り変わっていく。
エピローグなの、これって? という雰囲気ですが(笑)
以上で、第二幕完結となります。
未回収の部分っぽいところは、次の幕間でそれなりにフォローを入れる予定です(たぶん)
大幅にストーリーの方向転換をしたり、気分が沈み込んだりといろいろありましたが、無事にたどり着けて本当によかったです。……独りよがりで申し訳ありません↓
ここまでご覧頂き、ありがとうございました。
次話からは、第三幕開幕の前に幕間『Episode.2 予兆』を挟みます。第二幕の裏側――つまり、魔界側の動きを追いますので、またお付き合いを頂ければ幸いです。
修正作業も並行して行っていく予定ですので、よろしくお願いします。
2011/07/13 りんか・拝