9.再会そして (3)
こちらに駆け寄ってくる四つの人影。そのうちの二つに見知った顔をとらえ、ノラリダの表情がパッと輝いた。
「セルム、ミハロス、よかった。生きていたのね!」
「勝手に殺すなよな」
「貴女も無事で何よりです。が、どうしてここへ? アルバオからオルトの村へ向かうはずだったのでは?」
「そのつもりだったんだけど、嫌な予感がして……」
拳を握り締めながら、ノラリダが答える。
『こんな風が吹く時分には、決まって紅色の雨が降り注ぐ。貴女に故郷があるなら――、すぐに戻られた方が賢明かもしれませんよ?』――レッドベリルの妖しい輝きが、ズキンと胸をえぐる。
「おまえは……、戻ってこない方が正解だったんだけどな」
ノラリダから視線を逸らしたセルムがポツリとつぶやき、ミハロスは少しだけ俯き考える仕草を取ってから、彼女に向き直った。
「とにかく、貴女はここから逃げてください。僕たちが殿をつとめますから」
「馬鹿言わないでよ! あたし一人じゃ敵わないかもしれないけど、これだけ人数がいたらあいつを、ベルディアースを倒せるかもしれな――っ」
「無理です」
きっぱりとミハロスが言い放つ。
「僕たちだけでは、無理です」
首を横に振りながらもう一度改めて宣告する彼に、ノラリダはキッと眦をつりあげた。
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない!」
言い募る彼女に、横手から低く抑えられた声が挟まれた。
「……戦士団でも無理だったんだぜ? オレたちが束になったところで、勝ち目があるとは思えねえ」
「どうしたのよ、セルム……、あんたらしくないじゃない!」
思いつめたように一点を見据えた灰白色の瞳に、ノラリダは愕然となった。戦士団、という言葉に、彼女の表情がハッとしたものに変わる。
「ミハロス、戦士団は――、あたしの父さんは無事なのよね!?」
「……。団長は僕たちを逃がすために、そして最後まで村を護るために、村に残ったままでした。直後に、あの爆発が――」
「――っ」
ノラリダの蒼目が見る間に広がり、一歩、二歩と彼女の足が後退を始める。同色のポニーテールが何度も否定を示しながら、かすれた声が発された。
「うそ……、うそでしょ? あの、誰よりも強い、父さんが……!」
目の前が真っ黒に染まり、フラリ、とノラリダの身体が後ろに傾いだ。
それを支えたのは、カシェンだった。
「セルムとミハロスって言ったな。おれは、アナサのカシェン。ゆっくり話をしたいけど、一刻を争うから手短に話す。おれは、彼女をアナサの村に連れて行く。おまえたちはさっき一緒にいた二人、今は別行動を頼んだけど、戻ってきたら彼らと合流後アナサの方まで退いてくれ」
一気にそう語り終えたカシェンの表情が、次の瞬間ハッと緊張を帯びた。彼の鳶色の瞳が横に向けられ、ノラリダ、セルム、ミハロスと続く。彼らの視線の先で木から地面へと飛び降りたのは、一つの影。韓紅の髪をバサバサとかきむしり、何事かをブツブツつぶやきながら、近づいてくる男。手にした大鎌が横手から差し込む夕日を受け、ギラリと輝いた。
「ちっ、追いつかれたか……!」
ノラリダを庇いながら身構えるカシェンを制するように、セルムとミハロスが前に進み出た。
「――おまえ、ついこの前までイシュルの村に滞在していた、アナサの客人だろ? 見覚えがある」
「彼女のこと、お願いしますよ。僕たちは、できる限りの時間稼ぎをしますから」
「セルム、ミハロス! ちょっと待って! ……待ちなさいよ! あいつは、普通の武器じゃ――っ」
呼び止められたセルムとミハロスが、それぞれ振り向く。二人の口元に描かれたのは――、穏やかな笑み。
瞳の中に刻まれたそれに、ノラリダは次の言葉を失った。
「じゃ、また後でな」
「希望で会いましょう」
軽い調子で告げると、二人同時に獲物を抜き駆け出す。
その背中に、ノラリダが手を伸ばした。その手がカシェンに掴まれ、グッと握られる。
「セルム! ミハロス! ――待っているからな!」
そう声をかけ、カシェンは二人に背を向けると、半ば放心状態のノラリダの手を引きながら、夜の帳が下り始めた森の中を走り始めた。