9.再会そして (2)
「スゼ……、スゼルナなの?」
「……え」
ノラリダが震える声で訊ねれば、黄金の瞳と視線が交差する。
「スゼルナ? スゼルナだって……!?」
その名前に、彼からも頓狂な声が上がった。
胸の前で手を握り締めた少女の細身が、一歩また一歩と後退る。
「どうして、私の名前を……」
「忘れちゃったの、あたしのこと……!」
恐怖を揺らめかせた少女の瞳に、ノラリダは愕然となった。
「嘘でしょ……? あの時、また会おうって三人で約束したじゃない! もう一度、手合わせしようって! あたしは――!」
言い募るノラリダの前で、バサリ――少女を覆い隠すように闇色の外套が広がった。
ハッ、とノラリダの表情が引き締まる。
「無駄な喋りはここまでだ。この俺を前に随分と余裕そうだな、蒼髪の女? フッ、そろそろ幕引きといこうか。まとめて死出の道へ誘ってやる」
立ち塞がる、黒のシルエット。その手に瞬時に宿った黒炎が、一際燃えさかる。
ベルディアースの身体が宙に浮かび上がり、掌が突き出された。
「スゼルナ、逃げて!」
「シェザルラード」
ノラリダの必死の叫びと、冷徹な低音が重なる。
右の手首を掴まれ、それに先導されながら走り出すノラリダ。瞬間、その場を轟音が劈いた。
木々と木々の間を駆け抜け、足を動かし続ける。
途中、隣を走る彼の手が複雑に絡み、後方を指差す様を一瞥しながらしばらく走ったところで、ノラリダたちは立ち止まった。
すぐさま、ノラリダは元来た道を振り返る。その蒼目が変わらない風景をとらえ、揺らいだ。
「追手は、今のところないみたいだな」
背後からの声に、ノラリダは沈黙したまま小さく首肯した。
「だけど、油断は禁物だ。あの男は、時空を操る。さっきみたいに、突然の襲撃も頭に入れておかないと」
「……」
「そんなに心配すんなって。あいつなら、大丈夫だ」
「……なんで言いきれるのよ」
横目で睨みながら、ノラリダは彼へと身体を向き戻した。
「この辺りには、おれの仲間が何人か潜んでいる。さっき合図を送っておいたから、上手く逃げれるよう加勢してくれると思う。それにあいつは――」
一区切り置くと、彼は微笑した。
「スゼルナは、おれの弟子なんだ。なんでこんなところにいたのかわからないけど、あいつにはいろいろと教え込んである。だから、大丈夫」
「弟子、ですって? あんた、スゼルナを知っているの?」
意表をつかれたような面立ちのノラリダに彼は、ああ、と短く応えると思案顔を作った。
「あれは、何年前だったか――。オルトの村に立ち寄ったときに、成り行きであいつに剣の扱い方を教えることになったんだ。オルトの一族にしては珍しく、全く剣を使えなかったからな、あいつは」
「さっきから気になってたんだけど、なんであんたがイシュルやオルトのことを知っているのよ。まさかあんたも、情報屋兼盗人とか言うんじゃないでしょうね?」
「も?」
不思議そうに、彼は首を傾げる。
“情報屋兼王子”――不意に浮かんだ職業名に、ノラリダはボッと頬が熱くなるのを感じた。
(あんたは、呼んでないわよっ!)
にわかにブンブンと首を振り始めた彼女に、疑問を浮かべた鳶色の瞳が瞬かれる。ああ、そういえば、と彼が続けた。
「名乗るのが遅くなったけど、おれはカシェン。ミドルーアから――いや、光、正義、そして希望。おれは、アナサの村から族長の頼みでおまえを迎えに来たんだ」
「アナサから? じゃあ、あんたは希望の女神アナスタシア様の――。そうだわ、あの子は――、トルレアは元気に……」
「ノラリダ!」
聞き慣れた声に名前を呼ばれ、ノラリダは口にしていた問いかけを中断すると、そちらへ蒼目をめぐらせた。