7.王子の花嫁候補 (1)
7.王子の花嫁候補
ガシャガシャ。耳障りな金属音が鼓膜を刺激し、ノラリダは思わず顔をしかめた。
反射的に足の速度を緩めると、後方のアルバを待ちその背中に隠れながら二股に分かれた廊下を曲がる。彼の肩越しからそっと目をやれば、廊下の真ん中を陣取るように屯した幾人かの姿。一様に纏われた黄金の鎧は、見知ったそれ。
「……おい。さっきから何をやっている?」
「見たらわかるでしょ。隠れているのよ……! 察しが悪いわね、あんた」
「ああ、なるほどな。道を変えよう」
そう提案し、アルバは先ほどの二股に分かれた箇所まで戻ると、もう一方の道を選択した。
彼に引きずられるように後を追っていたノラリダは小走りに彼の隣に並ぶと、声を潜め尋ねた。
「ねえ、あいつら何者なの?」
「彼らは、アルバオの北東に位置する隣国ミドルーアの騎士。王子直属の精鋭部隊、だそうだ」
「なんでそんなやつらが、ここにいるのよ」
「大方、今夜の舞踏会にミドルーアの王女も招待されているんだろう。ミドルーアには王子が一人と王女が一人いる。王女は、幼い頃からこの国の王子を好いているらしいからな、兄である王子は、溺愛する妹の想いを叶えさせるために騎士たちをつれてわざわざ一緒に来た、と考えるのが妥当なところだろう。まあ、王子にとってもミドルーアとアルバオが血縁関係を結べば、どれだけ有利に働くか容易にわかっているだろうしな。この舞踏会に何の意味がある? 既に決められた婚姻、と専らの噂なのにな」
一気に吐露された内容は、まるで誰かに言い聞かせるような響きを伴っていて、ノラリダはふーん、ととりあえずの相槌をうった。そして、素直な感想を漏らす。
「政治のことはよくわからないけど、この国の王子様も大変なのね」
「……も?」
彼女の台詞に違和感を覚え、アルバは黒フードを横に向けた。その先で、彼女が首肯する。
「だって、自由に相手を選べないんでしょ? 国のため、人のため、血のため……。自分の意志はその次。あたしも、いつかは――」
ノラリダの蒼の瞳がどこか遠くをとらえ、不思議な光彩を放つ。
穏やかな、だがどこか寂しげなその煌きに訝りながら、アルバは彼女の名を呼んだ。
「ノラリダ?」
「なんでもないわ、ただの独り言――ってな、なにすんのよ!」
突然伸ばされた十本の指先に首筋を撫でられ、ノラリダは弾かれたように一歩後退した。
「指輪が背中に移動している」
「はあ? 指輪?」
代わり映えのしない低い指摘に、胸元に光っていたはずの銀の指輪がないことに気づいたノラリダは、かあっと羞恥に頬を染めた。
「も、元々あんたが、首周りが寂しいしこれでもつけておけって言ったんでしょ……! あ、あたしはこんなの柄じゃないし、身につけるつもりなんて全然なかったのに、あんたがどうしてもって言うからっ」
慌てたように捲し立てるノラリダに構わず、アルバの長い指先が彼女の首に絡んだチェーンを辿り、そっと指輪を元の位置に戻す。彼女の喉が一瞬で緊張を帯び、コクリと上下した。
「――本当は、ここで返してもらうつもりだったんだけどな」
「え?」
「いや、こちらの話だ。行くぞ」
黙り込み、再び歩き始めるアルバに少しだけ居心地の悪さを感じながら、ノラリダはしばらく彼の後を大人しく追ったが、沈黙に耐えられなくなった瞬間思い出したように話を切り出した。
「そ、そういえば、あたしがさっきのやつらに襲われたとき誰かを探していた風だったんだけど」
「――しっ」
制止が入り、ノラリダは反射的に足を止めた。
その前でアルバも立ち止まり、奥の突き当たりの扉を指し示す。
「そこの扉から行けるはずだ」
「へぇ……。あんたって、ここのお城にも詳しいのね。情報屋って案外あなどれないも――」
「ノラリダ」
彼女の所感を遮り、向き直ったアルバが彼女の名を口にする。その声は真摯な、だが今までの彼とは違う高めの優しい音色。
ぎょっとした表情で、ノラリダは彼の黒フードを見つめる。手が取られ、強く強く握られた。
「これから先、何があっても僕は僕だから。悪いようにはしないし、それだけは信じて欲しい」
「は? え、ちょっと待って! あんた、その声どっかで……っ」
ノラリダを引きずるように扉までの距離を詰めると、アルバは扉に手をかけゆっくりと内側に押しやる。
瞬間、沸き起こる歓声と大きな拍手。それに、ノラリダは目を見張った。