6.不穏な舞踏会 (2)
奥に設けられた大階段を横目にしながら、待ち人たちの溜まり場となっているホールを薄水色のドレスが気ぜわしく通り過ぎていく。
天井を全て覆うほどに敷き詰められたシャンデリアに照らされ、見事な刺繍の施された真紅の絨毯へ様々に形を変えた影がいくつも刻まれる。にぎやかな談笑がそこかしこから耳を掠め、チラリと一瞥すれば華やかな女性たちが高貴な雰囲気を漂わせながら、たおやかに笑んでいた。
ズルズルズル――。王家の紋章を掲げた柱を何本もすり抜け、絢爛豪華な中を、そんな場違いな音が響いてきそうなほどに長い裾を引きずりながら、ノラリダは一歩一歩確実に足を動かしていた。
城に入る直前からずっと貼り付けたままの引きつった笑顔に、頬の筋肉が若干痺れてきたように感じる。すれ違う、様々な色のドレスやアクセサリーで着飾った女性たちに軽く会釈をし、気配が遠ざかれば安堵の息と共に肩を落とす。
(ああもう! 予想以上に窮屈すぎるんだけど……!)
どこからか流れ始める、優雅なメロディー。それに引き寄せられるように、あちらこちらで屯していた煌びやかな女性たちが我先にと大階段を上り始め、緩々と開き始めた両開きの扉へと吸い込まれていく。
舞踏会の始まりを感じ、ノラリダは鼻を鳴らした。
(ったく。あの男、どこまで行ったのよ。自分から舞踏会に同行したいって言いだしたくせに、知り合いに挨拶してくるとかってどっかに行ったっきり、全然戻ってくる気配がないんだけど。あんな目立つ格好、そうそう見落とすわけが――ん?)
キョロキョロと辺りを見渡していた彼女の目が、ある一点をとらえた。
探し人の黒、ではない対照的な白の色。コートのような上着に全身を包み、ひっそりと壁際に佇んだその姿に、何かしらの違和感を覚え彼女は立ち止まった。
瞬間、グニャリと景色が歪むような錯覚に陥り、ノラリダは目を見張った。その先で、翻されるコートの裾。縦に流れる人の動きに逆らい横に移動する後姿は、まるで遮るものがなにもないように、ただまっすぐに歩を進めていく。
ハッと我に返った彼女はドレスをたくし上げると、白コートが消え去った方へと駆け出した。
***
「さっきのやつ、どこに行ったのよ……!」
前後左右と廻らした中に目当ての人物を見受けられず、ノラリダは若干苛立ちを帯びた声音でそうぼやいた。
たくし上げてはいるものの、やはり妨げになるドレスに速度を上げられないまま、勘を頼りに階段を駆け上り、また走り回る。
と。不意に頬を掠める一陣の風に、ノラリダは足を止めた。その視界をレースカーテンが横から覆う。元の位置に戻っていくレースカーテンにつられ動いた蒼目が、細く開かれたガラス張りの扉、そこから続いているバルコニー、そして白い影を順に見止めた。
キイ、扉を開いた途端、大きく揺れ動き始めるレースカーテン、それをかきわけ外へと踏み出した彼女を歓迎するように、雲間から現れた月の光がその場を淡く照らし出す。
闇夜にぼんやりと浮かぶ白い背中、首の横の辺りで束ねられた髪が小さく踊り跳ねる。
湿り気を帯び、肌に纏わりついてくる不快な風にノラリダは顔をしかめながら、バルコニーに佇む後姿を凝視した。その先で、生成色の癖のある髪が再び宙に攫われていく。
「風……」
「え?」
声をかけようと口をひらいたノラリダより先に、ポツリと呟かれる二つの文字。
わずかばかり顔を彼女の方へと向けたその中央には、月光を受け、まるで鮮血を彷彿とさせるようなレッドベリルに輝く美しい瞳。
それにとらわれた瞬間ゾクリとした戦慄を覚え、彼女は表情を強張らせた。見開かれていく蒼目に、対照的な色合いを灯す輝石がスッと細められる。
「こんな風が吹く時分には、決まって紅色の雨が降り注ぐ。貴女に故郷があるなら――、すぐに戻られた方が賢明かもしれませんよ?」
「なにそれ、どういうこと……? あんた、一体なにも――ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ノラリダの制止に耳を貸す風もなく、バルコニーの柵を乗り越えた白のシルエットがそのまま闇夜に閃く。