6.不穏な舞踏会 (1)
ズルズルズル――。今にもそんな音が響いてきそうなほどに長い裾を引きずりながら、ノラリダは思うように動けないその衣装に歎息を漏らした。
足首まできっちり覆われた、薄水色のロングドレス。結い上げられた蒼髪、ほんのり化粧の施された顔、ヒールの高い靴、むき出しの首元に揺れるのは、細いチェーンに繋がれた銀の指輪。その姿はまるで、子供の頃に読んだ物語のお姫様――。
なしくずし的にこのような格好をするはめになってしまったものの、彼女の胸は場違いに高鳴っていた。
6.不穏な舞踏会
「金がない、だと?」
ばつが悪そうに顔を見合わせるノラリダ、セルム、ミハロスにアルバの剣呑な声がかけられた。
「そんな状態で、よくもまあ俺に仕事を依頼したものだ」
「だ、だってあたしのお財布は盗られたままだったし、セルムとミハロスに借りようと思っていたんだもの!」
「……オレは、昨日の飲み代と宿泊代でパーだって言っただろ」
「僕は、例の騒動で全て出費してしまいましたからね。一銭も残っていませんよ」
テーブルに頬杖をつき明後日の方角を見やるセルムに続き、両肩を竦めながらミハロスが首を振れば、アルバの大きな歎息が響く。
ギシ、と椅子を軋ませもたれかかると、黒フードを揺らし、どうするつもりだ? と呻くように発する。
「仕方ありません。僕とセルムで工面してきますから、支払いの方はしばらく待ってもらえませんか?」
「待つのは構わないが、その間の担保は用意できるんだろうな」
「ああ、それなら彼女を置いていきますので」
「……は?」
突然話をふられ、ノラリダから間の抜けた返事が漏れ落ちた。
オーキッドの瞳が知的に光り、彼女に向けられる。
「そういうわけですので、ノラリダ。僕たちは一度村に戻ります」
「ちょ、ちょっと、急になに言い出すわけ? あたしはどうすればいいのよ……!」
「それくらい自分で考えろっつーの」
はあ、と息を吐きながらセルムがすげなく返す。
「貴女は、ハルバイトラに向かう方法でも探したらどうです? 陸路、航路――。距離を考えれば、航路が無難だとは思いますが、現状動いている船があるのかどうか」
「ああ、それがいいと思う。魔物の影響で、まともに船を出せないとか昨日耳にしたしな。泳いでいくつもりなら、止めはしねえけど」
「って、泳げるわけないでしょ!?」
セルムの無茶な提案に声を荒げるノラリダ。
それまで静観を決め込んでいたアルバが、緩々と口を挟んだ。
「動ける船……、か。俺が知っている限りでは、今現在、アルバオ王家所有のものしか思い浮かばないな」
「王家の船、ですか。そう簡単に借りられそうな代物ではありませんね」
「いっそ奪っちまえば?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。理由を話して、貸してもらえばいいわ。王子様、がいるんでしょ? この国」
「王子様、ねぇ」
ニヤ、と楽しげに口元を吊り上げるセルムを鋭く睨みつけてから、ノラリダは彼の隣に視線を流した。その先で、黒フードが無言で首を縦に動かす。
それを確認した後、ミハロスが若干投げやりな態度で意見を述べた。
「そう簡単に話が通るとは思えませんけど、やってみる価値はあるかもしれませんね」
「おまえのことだから、どうせ腕ずくでものを言わせようとするんだろ?」
茶化すセルムをキッと睨みつけ、するわけないでしょ!? と一蹴しノラリダは眉を寄せた。
「けど、問題はどうやって王子様に面会するかよね。そう簡単に会ってもらえるのかしら?」
再び飛び出した王子様、の単語にセルムとミハロスの記憶が刺激され、そこから転がり落ちた情報を二人は持ち出した。
「ああ、そういえば――」
「王子に直接会いたいのなら、絶好の機会があるみたいですよ」
「え?」
きょとん、とした表情を向けるノラリダに、セルムとミハロスはお互いに顔を見合わせると、二人同時に頷いた。