5.彼女の行方 (2)
黒フードの裾に触れるか触れないかまで詰め寄りながら、ノラリダは一気に捲し立てた。
そんな彼女に一つ歎息を落としてから、黒ずくめの男は話を切り出す。
「結論から言えば――、噂以外のことはわからなかった」
「どういうこと?」
「お、おい、ノラリダ。勝手に話を進めんなって……!」
横から、慌てたような声が止めに入る。
ノラリダは口を挟んだ持ち主をキッと睨みつけ、一喝した。
「うるさいわね! ちょっと黙ってなさいよ、セルム。それで?」
口をへの字にし釈然としない表情のまま、セルムはそっぽを向く。
二人のやり取りを無言で眺めていた黒ずくめの男は、ノラリダのうながしに再びその低い声を発した。
「今朝方まで時間が延びたのもあって少し手を広げて調べてみたが、噂以上も以下の内容もどう掘り起こそうが見つからなかった。時間をかければ、あちらの伝手を使ってもう少し詳しいことを調べられそうだが……。とりあえず今言えることは、あの噂の信憑性はそれなりに高そうだということだ」
「……っ」
ガタン、椅子を蹴り上げ立ち上がったノラリダは、真っ直ぐに出口を目指す。
扉にかけられた手が、横から伸びた別の手にガシッと止められた。蒼の瞳がその手を、その持ち主を鋭く一瞥する。
「おい、どこに行くんだよ!」
「決まってるじゃない! 今すぐオルトの村に行くのよ!」
「待ってください、ノラリダ。僕たちには、話の趣旨が全く見えないのですが。噂とはどういうことです? そもそも、彼は何者ですか?」
落ち着いたミハロスの声音が、ノラリダにわずかな冷静さを取り戻させる。
短く息を吐くと、彼女は胡散臭そうな眼差しで黒ずくめを見やった。
「見たまんま、ただの怪しい変態男よ」
「俺はアルバ。この街で情報屋のような仕事をしている。昨日の夕方、一人の女が鎧騎士相手に喧嘩をふっかけている場面に出くわした。助けてやった礼もそこそこに、その女にハルバイトラ地方の情報が欲しいと乞われたから、手に入る限りの情報を集めてこうやって参上したわけだ」
ノラリダと情報屋アルバの紹介が、見事に重なる。
自分よりも長々と語られた内容に、彼女の面立ちが苦虫を噛み潰したようなそれに変わっていく。
「ねえ。それじゃまるで、あたしが乱暴者の礼儀知らずだって言っているようなもんじゃない?」
「違うのか?」
「違うわよっ! それに、お礼ならあの時……!」
「あの時?」
「な、なんでもないわよっ」
どもりながら紅潮した顔を逸らすノラリダに、黒フードがかすかに揺れる。
その隣で、アッシュグレイの髪が緩々と左右に振られた。
「ノラリダが乱暴なのは今に始まったことではないので、その噂を僕たちにも聴かせてもらえませんか?」
「ミハロス、あんた、どさくさに紛れて何言ってんのよ!?」
蒼目の面積を増しながら咎めるノラリダを完全に無視し、ミハロスは彼女に背を向ける形で座りなおすとアルバへ話を抛った。
「ああ。『ハルバイトラ北部の大森林が一夜にして謎の壊滅をした』――そんな噂だ」
「ちょっと! 聴いてる!?」
後方から、そんな叫びが耳を掠める。が、お構いなしにミハロスは怪訝そうな顔を作った。
「ハルバイトラ北部の大森林が……? それは、穏やかではありませんね」
「100%正しいとは言い切れない。噂の領域を出たわけではないからな。が、それがあながち眉唾だとも思えない」
「どういうことですか?」
ミハロスの問いかけに、アルバは悠然と腕を組んだ。
「ここからは俺の所見が多少混じるが――、最近、ハルバイトラ地方で魔物による被害が多発しているらしい。ちょうど、例の噂が流れ始めた時期と合致する。これを偶然と取るか、どこかしらで繋がっていると取るか――」
「…………」
無言で懐から愛用の手帳を取り出し、サラサラとペンを走らせるミハロス。
そこへ、ムスッとした顔立ちのノラリダと、ジト目で見やりながら彼女を連行してきたセルムが戻ってくる。それに合わせるように、ミハロスは手帳をパタリと閉じた。
「――あまり喜ばしくない土産が出来てしまいましたね」
「だな」
呟くミハロスに、セルムが小さく頷く。
「用意してきた情報は以上だ。予想よりも詳細な内容ではなかったから、その分は引かせてもらう。情報提供の代金についてだが――」
アルバの切り出しに、ノラリダの、セルムの、ミハロスの表情が一瞬で強張る。
三人が三人、同時につき合わせた顔立ちは、どれも似たような苦々しいものだった。