4.○○の悪さ (1)
4.○○の悪さ
第五ブロック“交”のエリア。主に、旅人達向けの施設が充実している区画だった。
宿屋はもちろんのこと、情報交換の場として一番の役割をになうだろう酒場、他国への通行手形の発行、そして様々な依頼を受け、それを腕に覚えのある冒険者達に斡旋するギルド。古い歴史を誇るそれは各地に点在し、依頼人、遂行人両者を幅広くバックアップしていた。
エリアの隣に装備品や薬草、携帯食物などの必需品を取り扱うエリア、第四ブロック“商”があるため、旅の拠点とするにはうってつけの場所だった。
“交”のエリア最東部に位置する、宿屋兼酒場。運良く宿の方に空きがあり、慣れない移動続きによる身体の疲労を癒すため、ノラリダ、セルム、ミハロスの三人は宿主に泊まる旨を伝えるとまず二階の部屋に荷物を下ろし、その足で併設されている酒場の方へと向かった。
並々と液体の入ったジョッキを片手に、既に出来上がり始めているグループ――中には神妙な顔を幾つもつき合わせていたり、頬杖をついた状態で大きな歎息をついたりと一概には明るそうではない雰囲気の一団を幾つも横目にしながら、隅のテーブルを陣取りそれぞれ腰を下ろすと、三人の視線が無言のまま交差した。瞬間、同時にバッと手が差し出される。火花が散る中、始まったのは、ジャンケン。
そして、唯一勝利の神に祝福されなかった人物は、ガタッと勢いよく椅子から立ち上がった。
「ああっくそっ! オレの負けかよっ!」
悔しそうに顔を歪めたのはセルム。握られた拳が、そのままテーブルへと打ちつけられる。
その両隣で、開かれた掌がヒラヒラと振られた。
「じゃ、飲み物よろしく。あたし、いろいろ動き回ったせいで、さっきから喉が渇いて仕方がないのよね」
「頼みましたよ、セルム」
「あ~もう、わかってるっつーの!」
ブツブツ文句を垂れ流し席を離れたセルムは、キョロキョロと挙動不審さをあらわにしながら、賑わいを見せているバーカウンタの方へと歩み寄った。
その小さくなる背を見送り、そういえば、とミハロスが嘆息交じりに話を切り出した。
「相変わらず――というか、貴女の方向音痴ぶりはいつもながら極端すぎて賞賛に値しますよ、本当に」
「な、なによ、いきなり」
「王女様を拝見した、あの後。急に走り出すものだから、こっちは肝が冷えましたよ。初めての街で、貴女を見失う――、そのことがどれだけ僕らの負担になるか考えなかったんですか?」
「べ、別にあんたたちに迷惑かけようなんて、これっぽっちも思ってなかったわよっ」
ノラリダの反応に、ミハロスは更に深く深く息を吐いた。
「……その辺も問題ですよね、ある意味。まあ、運良く合流できたからよかったですけれど。それで、どうしてあんな奥まった所にいたんですか? あそこは、第六ブロックからしか侵入できない区域ですよ? 貴女が走り去った方角は第二ブロック側でしたから、いつの間に方向転換を――いえ、元来の方向音痴である貴女に訊いても仕方ありませんね」
「どういう意味よ、それ。だけど、なんでそんなに詳しいわけ? ミハロス、この街初めてじゃないの?」
「初めてですよ。貴女を探し回るついでに、街の造りをメモしましたからね。一通りは頭に入れましたよ。ほら」
テーブルの上に差し出された彼が愛用する手帳には、アルバオの地図だろう絵を中心に、元の紙の色が判別出来ないほどにびっしりと文字が書き込まれていた。
身を乗り出すようにそれを覗きこんだノラリダは、うわ……っと身を引くと、げんなりした表情を浮かべながら腕組みをした。
「細かすぎて逆にわかりにくいわよ、これ」
「僕がわかればいいんですよ、要は。……話が脱線しましたね。元に戻しましょうか」