3.大国アルバオ (3)
ブン、と宙を薙ぎ払う剣の軌跡を目で追いながら、ノラリダは低くしていた体勢を一気に伸ばすと左の拳を突き上げた。面頬と鎧の継ぎ目を狙って撃たれたそれは、違わず顎の付近に炸裂し相手をよろけさせる。隙だらけの金色鎧に体当たりし後方に吹き飛ばせば、ヒュン、風を斬り近づく音色。
「っ」
反射的に首を斜めに傾けた彼女の頬を矢尻が通過していき、紅の細い線を描きつける。
ヒリヒリと訴えられる痛みを頭の隅に感じながら、彼女は眦をつり上げるとにわかに気色ばんだ。
「遠距離攻撃なんて、卑怯じゃない! あたしなんてまだ獲物も抜いてないのに、何よ! いいわ、そっちがその気なら――、見せてやろうじゃない」
二つの掌が差し出され、フワリ、とノラリダの蒼のポニーテールがなびく。
人差し指と中指の先を下唇に当てながら、脳裏に次々と浮かぶ文句を口にしていく。
「大空を駆けしあまねく自由、腕の一片、その力以て道標とならん」
つむがれ始めた言の葉に、黄金鎧たちが騒然となる。
先頭を陣取っていた一人が驚愕の声を上げながら、慌てて左の手を後方へ向けた。
「この女、精霊使いなのかっ!? なぜ、こんなところに精霊使いが……! ひ、ひとまず退けえ――!!」
「風の精霊魔法!!」
ノラリダの手から放たれた風刃が、散り散りに逃げ始めた黄金鎧の一団を抉り飛ばす。
風刃から形を変えた竜巻が、黄金鎧をいくつも天高く舞い上げていく。悲鳴と金属同士がぶつかりあうそう然とした様を、額に手をかざしながら見上げていたノラリダは、あっと小さく叫んだ。
「そういえば、むやみやたらに他人の前では魔法を使うなって言われてたんだっけ。ま、でもこの場合は仕方ないわよね、うん」
両腕を組み、芝居がかったように頷くと、彼女は静まり返った辺りに目を這わせた。
「さっきの赤髪、完璧に見失っちゃったわ……。ああ、あたしの全財産……」
ガクリとうなだれ、溜まりに溜まったモヤモヤを大きな歎息と一緒に吐き出す。
胸元に移動していた蒼髪の尻尾を指先でいじくり、飽きた頃に後方へ払いのけると、ノラリダはクルリと身体を反転させた。
「ここでこうしていても仕方がないし、とりあえずセルムたちのところに戻って後のことは考え――」
動き始めていたノラリダの足が、はた、と台詞と共に止められ、蒼の瞳が何度も開閉を繰り返す。
もう一度前後左右と見渡すと、彼女は首を傾けながらポツリと呟いた。
「ところで――、ここ、どこ? あたし、どっちから来たんだっけ?」
ヒュウ、と彼女の魔法ではない一陣の風が、蒼髪を揺らし吹き抜けていく。
確か――、と記憶の糸を手繰り寄せながら、人差し指である一方向を指し示す。と、彼女の顔がパッと輝いた。
「そうそう、この道から来たんだったわ! ……たぶん」
確証がないまま、スタスタと移動を開始する。
「初めてきた街だし迷うかと思っていたけど、案外大丈夫そうね。……って、ここ行き止まりじゃない」
道なりに角を曲がった直後、ノラリダの前に広がったのは三面を壁に覆われた袋小路だった。ああ、もう! と首を振りながら前髪をかきあげると、地団駄を踏むように踵を返した。その刹那。
「こっちだ! こっちで何か激しい物音がしたぞ! 警備兵、隊列は崩さずそのまま直進!」
曲がり角の先から響いてきた声と、それにならうようにガシャンガシャンと黄金鎧とはまた違った金属音を耳がとらえた。
立ち止まり、自ずと後退を始めていた背中が硬い感触に遮られ、ノラリダは表情をけわしくする。
「ちょっと……、まずそうな状況になってきたわね」
彼女が独りごちている間に、複数の金属音が慌しく近づく。
「隊長、あれを!」
「あの鎧は……! おい、何があった、しっかりしろ! これは、一体……。とにかく、警備兵の半分は救護に回り、残り半分はまだ犯人がその辺に潜んでいるかもしれない、探すんだ!」
「はっ」
飛びかう会話をどこか遠くに感じながら、ノラリダは左右、そして後ろの壁に視線を向ける。
彼女の身長をはるかに超えた高さに、手や足を引っ掛けるスペースもないほどにビッシリと隙間なく組まれたレンガ、この壁を越えてあちら側に――というのはさすがに無理難題のように思えた。
(黄金鎧が何者だったのか知らないけど、逃げた方がよさそうね。とはいっても、この状況。どうしたものかしら)