2.きっかけは (3)
「ところで、君たちはこんなところで何を? 見たところ、君たちもそんなに旅慣れた感じはしないのだけれど」
ようやくノラリダから視線を外した旅人の目が、セルム、ミハロスを続けて捉える。
少年二人は一瞬だが顔を見合わせると、素直に首肯した。
「ええ。察しの通り、僕たちは貴方のような旅人ではありませんよ。彼女がどうしてもアルバオに行きたいと言うので、僕たち二人はその付き添いみたいなものです」
「アルバオに? 観光か何かかい?」
「そんなところです」
応えるミハロスに、そうなんだ、と相槌を打つと、旅人は複雑そうな表情を浮かべた。
「でもあそこは今、国王様が崩御された関係でいろいろごたついているみたいだよ。王子様が一人いらっしゃるんだけど、二十歳になっても伴侶をお選びになっていなかったから、隣国の王女様の輿入れが決まったとかどこぞの貴族のお嬢様との婚姻が決まったとか、いろいろと話が飛び交っている。王位もいつ継承されるか公式発表がなくて不明だから、国中がなんだか沈んだ雰囲気になっているし、観光に向かうのはあまりお勧めはできないかな」
「へぇ、やけに詳しいじゃん」
「まあね。僕もついこの前まで滞在していたから、アルバオに」
肩を竦めながら、旅人は歎息を漏らす。
(王子様、か……)
「――ねえ、王子様ってどんな人?」
それまで聴く側に徹していたノラリダは、徐にそう切り出した。
「貴女も、やっぱりそういう人種に憧れるんですか?」
悪戯めいたオーキッドの瞳が彼女に注がれ、それを受け止めた顔立ちが僅かに強張る。
「そ、そんなわけないでしょう! ただの興味本位に決まっているじゃない!!」
「ただの興味、ねぇ……。その割には、おまえの家の本棚にあったのって、ほとんどが王子と姫の話ばっか――」
「セルムっ」
咎めの声を上げるノラリダにクスクスと微笑しながら、旅人は顎先に指を絡めると首を捻った。思い出すように、一つ一つ並べていく。
「そうだなぁ……。悪い御方ではないよ、決して。王族だからってそんなに気取られているわけでもないし、身分を問わず話をされたり、率先して近隣の町や村を巡回されたり――王子様らしくない、ちょっと型破りな方かもしれないね。でも、お優しすぎる気はするけど、個人的に」
「ふーん……、そうなんだ」
「王子様が気になる?」
「べ、別にそんなことないわよ! 会ったこともないヤツに、なんであたしが……!」
僅かに狼狽するノラリダに、そっか、と旅人が意味深な表情を滲ませた。
そしてグルリ、と彼女たち三人に視線を巡らせると、困ったように眉尻を下げる。
「こうやって助けて貰ったんだし、君たちには何かお礼をしたいけれど、君たちも知っての通り、今は何も持ち合わせがなくて……。あ、そうだ」
ポン、と手を打ち合わせた旅人のにこやかな笑みが、ノラリダに向けられる。
「王子と姫の話が好きなら、何か教えてあげようか? 僕も考古学者の端くれ。各地に伝わる伝承を基にした話を、いくつか知っているんだけど。そうだな、例えば――亡国の王子と姫の恋物語とか、どうかな?」
それに、ノラリダの顔がパッと輝く。
が、それも一瞬のこと。彼女の面立ちにはすぐに、堅苦しい渋面が貼り付けられた。
「まあ、そんなに興味はないけど、いいわ。せっかくだし、聴かせて貰おうじゃない」
両腕を組み、少し偉そうに胸を反らすノラリダに、ジトッとした二つの眼差しが容赦なく突き立てられた。
「とか何とか言ってるくせに――」
「ええ。あの顔は、聴きたくて聴きたくて堪らないけど、その感情を必死に押し殺している顔ですね」
ミハロスの指摘に思わず両手で頬を挟み、僅かに熱を帯びたその場に更に羞恥が込み上げてくるのを感じながら、ノラリダは幼馴染二人を無言のまま横目できつくきつく睨みつけた。
それに怯んだ風もなく、どこか明後日の方角を向く少年たち。
三人の様子に、どこか羨望のような輝きを灯しながら見つめていた旅人の口元がゆっくりと開いていき、淡々とした口調がそこから紡がれ始めた。