2.きっかけは (2)
「……へ?」
『おにぎり』。イシュルの村名産の米を炊き、それに味をつけたり具を入れたりして、三角形や俵形や球状などに握ってまとめた食べ物のことである。
百歩譲って、外見は白いし原材料はお米なのかもしれない。そして、球状(?)に握ってまとめられてはいる。いるにはいるが、あの大きさはどう考えても『おにぎり』の長所である携行性、手軽に食べられる便利さを、ことごとく潰しているような気がしてならなかった。
「ほら、これ食べてもいいわよ。小腹が空いたときのために、って作って持ってきたんだけど、ちょうどよかったわ」
グイ、と旅人に押し付けるようにそれを渡すと、ノラリダはゆっくりと立ち上がった。
「ノラリダ。その、えーっと……『おにぎり』? 大きさには、何か理由でもあるんですか? 僕の知る『おにぎり』? はもうちょっと小ぶりな印象があるのですが……」
「なんでいちいち疑問系なのよ、ミハロス。アルバオまでどれくらいかかるかわからないし、お弁当があった方がいいと思って、とりあえず初めてだったし、『おにぎり』を作ってみたのよ。だけど、なかなか上手く丸まらないし、ボロボロ零れるし……継ぎ足し継ぎ足しで力いっぱい握ったら、いつの間にか炊いた分全部を使い切ってしまって、ちょっと、うん。硬めの? おにぎりができたわ」
ノラリダの説明に、ミハロスは耳を疑いたくなるような言葉が紛れ込んでいることに気づき、訝しげに眉を顰めながらそれを声に出した。
「……初めて?」
「ええ、そうよ。あたし、ご飯を炊くくらいしか調理なんてやったことないもの」
あっけらかんとした物言いに、ミハロスは苦笑を浮かべた。
「た、確かに――言われてみれば、貴女が台所に立つ姿なんて、物心ついてから一度も見かけた覚えがありませんね」
「悪かったわね。どうせあたしは、女らしい振る舞い一つ出来な――」
「……うぐっ」
突如としてあがった呻き声。それに、ノラリダとミハロスが同時に反応を示す。
「おーい、大丈夫か~~? ほらよ、水」
ノラリダと入れ替わりにしゃがみこんだセルムが、どうやら『おにぎり』を口にしてしまったらしい旅人の背中を摩りながら、水筒を差し出している光景。それを目にしたミハロスの面立ちが、次の瞬間サッと青ざめた。
「ま、待ってください! その『おにぎり』? ですが、彼女が作った初めての破壊兵……じゃなくて食べ物? だそうです。迂闊に口にしては、何が起きるかわかりませんよ!?」
「ちょっと、それどういう意味よ!?」
非難の声が舞う中、『おにぎり』? を片手で胸に抱えると、空いた手でセルムの水筒をガシッと鷲掴みにした旅人が、ゴクゴクと慌てたように中身を飲み干していく。
その様子を唖然と見守る、三人。それには全く気にも留めず、持ち直した『おにぎり』? と再び格闘を始め――途中、ボリンゴリンという、ありえない物音を立てながら、ノラリダの頭ほどの大きさのあった『おにぎり』? はゆっくりと姿を消した。
「はあ……」
深い歎息と共に茶色の髪が風に乗り、フワリと靡いた。上向いた旅人の面に、ライトブラウンの二つの光が輝く。それらを覆った、黒ぶちの眼鏡、柔和で人好きのしそうな優しい顔立ち、すんなりとした口元が、緩やかな綻びを見せた。そこから覗いたのは、刃こぼれ一つしていない、白さ抜群の二列の歯。
「どこの誰かは知らないけれど、助かったよ。路銀を使い果たして、昨日から何も食べていなかったんだ。ちょっと休むつもりが動けなくなってしまって、どうしようかと焦ったよ」
「うへ、マジかよ。旅人がそんな無計画で、しかもそこまで体力なくても大丈夫なのかよ」
「旅人、と言っても僕はただの考古学者。各地の文献や歴史を調べているだけだから、懐がそんなに潤っているわけでも、身体を鍛えているわけでもないんだ。それに、旅に出たのはつい最近のことなんだよ」
肩を竦め、自嘲めいた表情を浮かべる彼に、ミハロスは観察するような視線を辿らせた。その面立ちは険しさそのもの。
「それより、その――身体の方は大丈夫、ですか?」
若干緊張を帯びた声音に、きょとんとした表情が向けられる。
「ああ、君たちのおかげでもうすっかり。空腹で倒れていたなんて、何だかすごく恥ずかしいよ。そうだ、さっき僕が食べた白いもの、あれって――」
「『おにぎり』? のことですか? ……僕としては、未だに認めたくはないですが」
「『おにぎり』? たまに硬いものが混じっていたり、しょっぱかったり甘かったり、何だかすごく斬新な味がしたんだけど、あれが『おにぎり』?」
「だ、そうですよ。製作者の彼女がそう言ったんですから、間違いないと思いますよ」
ミハロスの目線がチラリと動き、それに合わせるようにライトブラウンの瞳が巡らされ、ノラリダを捉える。
視線が交差した瞬間、蒼のポニーテールがドキンと弾んだ。
「君が作ったものだったんだ? なら、君に助けて貰ったようなものだね」
ノラリダに微笑みかけながら、彼はありがとう、と続けた。
それに、彼女の頬がサッと紅を灯す。
「べ、別にお礼を言われるほどのことはしてないわ」
慌てたように、プイ、とノラリダの顔が逸らされる。その声は、微かに震えていた。
「ま、まあでも、元気になったようで、よ……よかったわね!」
そう言う彼女の耳は、先の方まで真っ赤に染まっていた。
ライトブラウンの輝きがフッと和み、弾かれたように笑い声が飛び出す。
「な、なんで笑うのよ!?」
今度は憤怒を織り交ぜた朱に彩られた面が、彼に向けられる。
クスクスクス、収まらない笑みをようやく押し込め、彼はごめん、と呟いた。
「でも、君だって悪いんだよ? さっきの君の態度、あれは反則」
「は……?」
呆けたような声を発する彼女に、もう一度彼からクスッと笑みが漏れる。
込み上げてくる感情に、ノラリダは再度彼から顔を背けると、煩いほどに高鳴っていた鼓動の音に今更ながら気がついた。
(もう……っなんなのよ、さっきから……! 調子が、狂うじゃない……!)