1.旅立ち (2)
ザッザッザ、間を縫うように足音が近づき、三人は引き寄せられるように一斉にそちらへ視線を注いだ。温厚そうな、だが鋭い刃を内包していそうなその表情。紅梅色の眼が、セルム、ミハロス、そして最後にノラリダで静止した。
「セルムも確かに腕を上げてはいるが、それ以上にノラリダの成長の方が著しかった、それだけのことじゃないか」
「だけどよ~、師匠!」
まだ納得が出来ないらしいセルムが、口を尖らせながら言葉を継ぐ。
「ノラリダ、あれでも一応女だぜ? 女なのに男のオレより腕が立つとか、頭くるっつーかさ」
「その台詞、聞き捨てならないわね。女だからって何よ? ああ、そっか。セルム、あんた、あたしが女だからって手加減してくれてたわけ? だから今の今まで負けっぱなしだったってこと? 見かけによらず、フェミニストじゃない。――道理で弱いと思ったわ」
「んだとっ!?」
「なによっ」
そして、再び勃発した百と一戦目にミハロスは興味なさげに首を振り、手元のメモ帳にスラスラとペンを走らせる。
「あの二人は、相変わらずだな」
苦笑混じりに漏らされた言葉に、ミハロスはメモ帳に視線を落としたまま、ええ、と首肯した。
「顔を合わせれば、舌戦から始まってすぐに剣戟に発展、最終的にはセルムが負ける――何というか、全く成長しないただの子供の喧嘩……」
刹那。台詞を遮るように、後方に吹っ飛ばされるリーフグリーンの髪と、間を置かずに鳴り響く轟音。
吹き抜けた一陣の風に、アッシュグレイの髪を揺らされ、ミハロスはそっとそれを撫で付けると、小さく吐息をついた。
「これがいつもの繰り返し……。よくもまあ、続くものです」
肩を竦めながら、再び手帳にペンを滑らせ始める。
「あいつらにとっては、それが挨拶代わりなのかも知れんな。――ノラリダ」
「なに? 師匠」
「おまえは、何のために剣の腕を磨く? 何のために強くあろうとする?」
突然の質問に、ノラリダは二、三度目を瞬かせると思案顔を作った。
緩々と手にした木剣に視線を落とすと、一度頷く。
「あたしは……、父さんみたいに強くなりたい。戦士団団長の父さんと一緒にイシュルの村を、大事な人達を、この手で護りたい」
「父のように、か。ふふ、頼もしいことだが道のりは険しいぞ?」
彼女の答えに、紅梅色の瞳が僅かに和む。
「セルムは?」
「オレは、村で最強の剣士になるためだ!」
「――ノラリダがいる内は、それも叶わぬ願いなんでしょうね」
「何か言ったか、ミハロス……!」
ボソリと呟かれた毒吐きに、セルムの怒張した表情がその発信元を鋭く睨みつけた。
それをさして気にも留めずに涼しい顔で受け流していた少年にも、等しく紅梅色の輝きが向けられた。
「ミハロス、おまえはどうだ?」
「僕は、幼い頃からあまり丈夫な方ではありませんから、身体を鍛えるため――それと、自分の身くらいは自分で護れるように、と」
「そうか」
満足そうに笑みを浮かべる師を目にしながら、ノラリダは、木剣の柄をギュッと握り締めた。気づけば、彼女の手にしっくりと馴染むくらいに慣れた感触――どれほど使い込んできたのか、彼女自身にも見当がつきそうになかった。
(あたしは、もっともっと強くなってみせる……! あの物語の人魚姫のように、いつか出会えるかもしれない王子様を、この手で護ってあげた――)
ハッと我に返り、ブンブンと首を振るとノラリダは空いた手で頬をパチン、と叩いた。
(なにを考えてるのよ、あたし……! そうじゃない、そうじゃないでしょ!? まずは、あの二人との約束を果たすため――。そして今度こそ、あたしが勝つってあの時決めたんだから……!)
決意に満ちた蒼の瞳が、どこか懐かしい色を灯しながら遠くを捉えた。
その先で、幻のように浮かぶ二人の少女。
(今頃どうしているかしら? 元気にしているといいけれど――)