6.太陽の祈り死神の願い (3) ※
※R15(?)らしい表現が含まれていますので、
苦手な方は、適当に斜め読みでよろしくお願いします。
「まだだ……、まだ、足りぬ……!」
徐に激しくなる律動に、スゼルナの面が苦悶を滲ませた。
もう何度目になるだろう追いやられた絶頂に、意識が混濁とする。が、休む暇さえも与えられずに、再び引きずり込まれ、濡れそぼった艶やかな唇から新たな吐息が漏れ落ち始めた。
彼を受け入れ、一つに溶け合う。こんなに辛くて苦しくて、痛みに塗れた行為ではなかったはずなのに――彼女の靄を帯びたトパーズから、涸れよとばかりに溢れ出す様々な想い。
刻まれた透明な轍は、彼女と繋がり昏い焔を煙らせた彼の黒衣をしとどに濡らしていく。
「つ、うぅ……っ」
彼への気持ちが、どこか空回る。心を伴わない、それなのに“彼”を覚えこんでしまった身体は、自然と熱を帯び、浅ましく彼を求める。
それが堪らず、再び訪れる快楽の渦に両肩を震わせながら、スゼルナの瞳が目前の翠玉を切なく捉えた。
「――何故だ? 何故、そのような瞳で俺を見る?」
「あなたに抱かれて、こんなに辛いなんて思ったことなかった……。いつもは、幸せすぎておかしくなりそうなくらいなのに……」
「何を言っている? これほどまでに乱れ悦び、至上の境地を味わっているではないか」
「……そう、だね」
金糸が微かに横へと振られ、俯く。
でも――と擦れた声が継がれ、上向いた黄金の双眸が真っ直ぐに彼を見据える。
「空っぽな私の身体だけ抱いて――あなたは、それで満足?」
「……!」
翠玉が微かに見開かれ、ベルディアースの暴挙が俄かに静止する。
それを捉えた彼女の黄玉が、寂寥を滲ませた。
「私は――ううん。ごめん、ごめんなさい……。私が無防備すぎたから、いけないんだよね。あなたのことを、こんなにも傷つけてしまった。だから、かな……? こんなに近くで、こんなに傍で、あなたに触れて繋がって、いるのに――」
スゼルナは涙に濡れた顔を更に崩すと、小さく自嘲めいた笑みを浮かべた。
その唇が奏でたのは、ともすれば聞き逃してしまうほどに擦れた切ない声色。
「あなたがすごく、遠いよ……」
――逆巻く欲望をようやく吐き出し終え、ベルディアースの翠目に僅かながら冷静な光が灯り始める。
それに伴って感情までを削ぎ落とされていくような、そんな面持ちの彼から漏れる荒い吐息の群れ。それに紛れるように伸ばされた二つの白い掌が、彼の頬をそっと包み込んだ。
「――そんな悲しそうな顔、しないで」
「…………」
無言のまま、ベルディアースの唇が噛みしめられる。
スッと逸らされる切れ長の眼差しに両の手を外され、スゼルナは微かな逡巡に瞳を揺らしながら、黒髪が覆い隠した横顔に語りかけた。
「私ね――、嫉妬していただけなんだ」
「……なに?」
虚をつかれたようなベルディアースの面立ちが、再度スゼルナに向けられた。
彼の視線を受け、彼女は少しだけ笑みを浮かべると、今でも鮮明に焼きついているあの光景を脳裏に描いた。
「今朝、ちょっと体調が良くなくてあなたを探していたんだ。お薬でも貰えないかな、と思って。それで、謁見の間へ向かう途中の廊下で、あなたを見つけた。でも、あなたは一人じゃなかった……」
「…………」
鋭さを増していくベルディアースの双眸から逃れるように、スゼルナは俯いた。
むき出しの背中に当たる柱の感触が擦れ、徐々に近づいてくる地肌。それがスッと暗闇に溶け、思い出すのは彼に残されていた色香。
抱えられていた脚が解放され、膝が地に触れる。
「どこをどう走ったのか、混乱してたからよく覚えていないけど――途中で意識を失った私を、サマンサさんが助けてくれた。彼女からあなたの過去の話を聴いて、それから部屋に戻ったんだ。あなたに求められたけど――私のことも一時の戯れなのかなってそう思ったら、堪らなくなって……」
ごめんなさい――呟かれた言の葉に、作り上げていたパズルの最後のピースがはめ込まれていく。
彼女の小さな嫉妬、彼女の拒絶、砕けた花、食い違う情報、鎖の拘束、先刻の断末魔の宴で知りえた内容。彼女が嫉妬した相手をそれに加えれば、自ずと全貌が見えてくる。
翠の瞳に理性が燻り始め、ベルディアースから短い歎息が漏れ落ちた。
贖罪を続けようと薄く開かれるスゼルナの紅唇に堰をするように、彼の唇が重ねられる。
驚いて黄玉を開き彼の名を呟く彼女の金糸を、頬をそっと撫で、最後に額へ柔らかな刻印を落とす。
「――もう良い。全てが、繋がった」
それは、感情こそ希薄だが“彼”そのものの声音。
思わず、スゼルナの瞳から伝う綺羅星たち。捉えた翠目が、怪訝そうに細められる。
「何故、泣く?」
「ごめんなさい……。嬉しくて、つい」
手の甲で目尻を拭いながら、スゼルナは微笑んだ。
その瞳が引き寄せられるように、上空を仰ぐ。映る、中天よりだいぶ傾いてしまった紅の月。
「あ……」
スゼルナの表情が曇るがすぐに引き締められ、彼女の両の掌が複雑に絡められる。集う光の粒子。瞬間、ポンと弾かれるように彼女の手に現れたのは、小さな一輪の花。
それをベルディアースへと差し出しながら、彼女は満面に笑みを描いた。
「日は変わってしまったけれど――、お誕生日おめでとう」
「……あの女に聴いたのか」
ボソリとした嘯きにスゼルナは首肯すると、黄金の瞳に真摯な輝きを浮かべ、ベルディアースの翠目を真っ直ぐに見つめる。
「――あなたは、自分の誕生日をそんなに好きじゃないみたいだけど、私はとても素敵な日だと思うよ。あなたが生まれた、大切な日だもの。だから、来年は一緒に――今回の分も含めて、お祝いしようね」
屈託なく綻ぶその表情に、ベルディアースの冷徹な翠石に穏やかな光が差し込んでいく。
チラ、と一瞥を流した小さな花からスゼルナへと目線を戻しながら、彼は、余計なことを――と声を漏らした。
「だが、おまえが共にあるのなら、あるいは――」
「え?」
「いや、何でもない」
スゼルナの指先の小さな花を受け取り唇を落とすと、それを彼女の金糸へと差し込む。
フッとベルディアースの口元が、美しい弧を刻んだ。
「おまえの方が良い。――おまえが、欲しい」
「……うん、いいよ。私を全部――あなたに、あげる」