6.太陽の祈り死神の願い (2) ※
※R15(?)らしいダークな表現が含まれていますので、
苦手な方は、適当に斜め読みでよろしくお願いします。
「……放せ」
発せられた抑揚のない低音に、スゼルナの身体が小さく跳ねた。
無言で纏わりつく負のオーラに身を縮めるが、その両の手は彼を捉えたまま、何度も首が横へと振られる。
翠の眼差しが、苛立ちに鋭さを帯びた。
「放せ、と言っている」
応える代わりに彼女の腕に力が籠められ、衣越しに感じる熱が否応にも増した。後方へと視線を流し、ベルディアースは端に捉えた金糸へ吐き捨てるように継ぐ。
「解らぬのか? おまえに触れられるなど……、不愉快にすぎぬ」
「……!」
トパーズの瞳が見開かれ、大きな波紋が浮かんだ。
次第にそれが、悲痛な色へと変貌する。
「――何故、俺を追ってきた?」
「このままだと、あなたを失ってしまう。そう、思ったから……」
「失う、だと? おまえに、俺を留める権利があるとでも? フン、この俺に働いた不義――忘れたとは言わせぬぞ」
「あれは――私の意志じゃ、ないよ……!」
記憶の淵から鎌首をもたげるように蘇る悪夢に、スゼルナは全身を強張らせた。
肌という肌が嫌悪に粟立ち、次の台詞を喉の奥へと封じ込める。カクカク、と彼女の膝が揺れ始めた。
細かい振動が背中越しに伝わり、ベルディアースはギリッと奥歯を噛みしめた。
「ほお? おまえがあの低俗な輩を引きつれ、あの場へ赴いたと聴いたが?」
「違う……、違うの……」
懸命に否定を示す感触を受けながら、ベルディアースの拳がきつく握り締められた。
「何が違うと言うのだ? 下衆どもに囲まれ、あのような……っ!!」
脳裏を掠める、彼女の露になった両肩、胸元、両の脚、そして――。
爆発しそうになる何かを呼吸一つで押さえ込むと、ベルディアースは面から全ての感情を削ぎ落とす。
彼女を跳ね除けるように、彼の右手が一閃された。
「放せ」
「……っ。ごめん、なさい……っ」
再び耳を撃った冷たいその一言と一蹴の行為に、スゼルナは震える唇を引き結ぶと、今にも溢れそうな黄金色を必死に堪えながら、緩々と彼から身を離した。
「…………」
遠のいていく温もりに、彼の翠目が閉じられる。
彼女の拒絶、砕けた花、食い違う情報、鎖の拘束、先刻の断末魔の宴。描いたパズルを完成させるには、まだピースが足りない。
再び浮かぶあの時の彼女に、彼の冷静さが一気に失われていく。スッと灯された眼光に、燻り始める情炎。
一歩、二歩、と後退していく彼女の微かな足音――瞬間。闇夜が舞い、黒円が宙に描かれた。
「ディ……っ、んぅ……!」
振り向き、伸ばされたベルディアースの指先がスゼルナを手繰り寄せ、驚きに薄く開かれた紅唇が同じ柔らかさに強引に塞がれる。
噛みつくような激しいそれに、彼女の瞳が切なげに揺れた。
思わず顔を逸らし彼の接吻から逃れると、昏い感情に濁る翠目を黄金の双眸が捉えた。
「止め、て……。お願い、お願いだから、今は……っ」
「この唇で、強請ったのか?」
「な、にを……んっ」
後ろ髪に爪を立てられ、引き寄せられた先で再び言葉を遮られる。
首を捩ろうにも金糸に巻きついた五本の指が、強力にそれを阻む。
一方的に攻められ、蹂躙され、霞む声も吐息も唾液も貪りつくされる。
「……ふっん……! ……っ、ぅん……うぅ、うっ……ん、んん……っ!!」
二つの重なり合った唇の間を縫うように、幾筋もの銀糸が後を引いては滴り落ちていく。
襲う息苦しさにスゼルナの眉が寄せられ、苦悶を滲ませた表情が蒼白になりかけた頃、突然に解放される。
喉に充満する空気に過敏な反応が起き、激しく咽る彼女の髪から耳元、そして頬をベルディアースの爪が辿り、彼女を包む布地越しに二つの膨らみの片方を鷲掴む。
か細い悲鳴が彼の聴覚を刺激した瞬間、翠目が憎悪に揺れ、口元には酷薄な笑みが浮かぶ。
「この声で、啼いたのか?」
「そん、な……っや、駄目……!」
愕然とする彼女の前で、纏っていたドレスの切れ端たちが取り払われ、虚空を滑るように舞った。
必死に胸元を覆う彼女の手首を力任せに攫い、晒された白磁に刻まれていたのは無数の痕。捉えた眼光が、険しさに満ちる。
ひやりとした外気に触れ、無意識にピクンと反応を示す彼女に、彼の美しい面が凄艶に歪んだ。
「ディアルク……、お願い。これ以上は、もう……!」
何度も否定に首を振りながら、後退するスゼルナ。激昂を露にしながら動きを止めない彼に、トパーズの潤みが増す。
トン……。むき出しの背中に当たる、冷たい石柱。鎖される、逃げ道。
それを待っていたかのように両足を抱えられ、申しわけ程度に残されていたドレスの残骸が落下する。
全てをベルディアースの目に晒され、決壊を起こした透明な輝石たちがスゼルナの頬を伝い流れていく。
黒の外套がバサリ、と後ろに流され、彼女の瞳が大きく見開かれた。
力なく揺れていた細い両の爪先が、強張る。
「ま、待って……っ私、私……っ」
伸ばされた両手が、背後の石柱に押し付けられた金糸が、ポロポロと涙を溢れさせる黄玉が、彼女の全てが何度も懇願を繰り返す。
その拒む態度が彼の情欲を逆撫でし、翠目が冷徹な光を、口唇が冷笑を刻む。
「この身体で、この表情で――誘ったのか……!」
瞬間、全身を突き破るような熱い奔流に、スゼルナの唇から擦れた悲鳴が上がった。