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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
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2.運命の邂逅 (2)

(起こしちゃった、かな)

 しばらく待ってみたが、そんな心配をよそに、彼がその瞳を開けることはなさそうだった。安堵の息を漏らすと、再び手を動かし始める。

(きれいな、ひと……)

 男性に“綺麗”なんて、褒め言葉ではないかもしれないけれど。スゼルナは上目遣いに彼の顔を見つめる――純粋に、その単語が浮かんだ。

 幼馴染のヨシュアや既知の間柄である村の男たちも、整った精悍な顔立ちをしている者が多かったが、彼らとはまた違った、鋭さと危うさを含んだ美貌。

 トクントクン、と場違いに甘い調べを奏でだす胸の鼓動。それを振り払うように手にした布を草の上へと置くと、地面に転がったままの籠へと走り寄り、その中から何本か薬草を取り出す。そして、返す足で彼の傍へと戻った。

「えっと……」

 辺りを見渡し、彼女は手ごろな石を拾い上げる。平たい方の石に薬草を置くと、丸い石で三回ほど叩いてから、ゴリゴリ、石が擦れあう硬い音と共にゆっくりとすり潰す。細かくなった緑の液状のものを手の指で掬い、そのまま男の傷跡へと丁寧に塗りこんでいく。

 予想以上に、ひんやりとした身体だった。初めて直に触れる異性の素肌に、思わず彼女の頬に紅が射す。

(細い、のかと思ったけど……)

 その胸板は適度に厚く、しなやかな筋肉に覆われていた。

 着痩せするタイプなのかな? と、取り留めのないことを考えながら、クスリと小さく口元を綻ばせる。

 治療が一通り済み、緊張に強張っていたスゼルナの両肩が僅かに下げられた。

 改めて彼を窺い見た彼女の表情が、どこからか溢れ出す郷愁と懐古のような想いに囚われ、切なげなものに変わる。惹かれるように、鎖されたままの双眸へと彼女の手が伸びていく。

(どんな色、かな? どんな風にこの景色を……私を、映しこむの?)

 何度か逡巡しながら動きを止める、白い指。だが、少しずつ距離が縮まっていき、指先が彼に触れようとした、その瞬間。

 ふいに、彼女の瞳に冷酷な翠光が閃いた。え、と思う間もなく、反射的に後ろに倒れこみ、バランスを崩した臀部(でんぶ)と掌が冷たい土の感触を伝えてくる。視界が一瞬、黒く塗り潰され、気づいた時には首元に鋭い痛みが疾っていた。

「っ……」

 息を呑む音。一筋、くっきりとした紅の雫が、白磁の肌を流れ落ちる。

 突きつけられた黒い刃。スゼルナに覆いかぶさるように身体を前倒しにしながら、その持ち主は、彼女に剥きだしの敵対心を浴びせていた。が、その表情は驚愕と戸惑いの混在した不思議な色彩。

「な、んだと……っ!?」

 初めて彼女の耳を撃ったその声音は、酷く擦れていた。

 狙いすまされたはずの一撃は、目の前の獲物を易々と切り裂き、この闇夜に鮮やかな血の狂騒を描く――はずだった。が、刃を放つ際に瞬いたトパーズの輝きが、彼の心を一瞬にして縛り、動揺を与え、そして結果的に宙を凪ぐ黒剣の動きを鈍らせた。

「……!」

 殺される――本能的にそう感じ、スゼルナは緊張を帯びた両腕で顔を覆うと、瞳をギュッと閉じた。

 あの黒い刃が振り下ろされるんだ、妙に落ち着いている思考がそう告げてくる。

(痛いのかな? 苦しいのかな? 一瞬? それとも……えっ)

 両の手首が、不意に掴まれた。ビクッ、予想にもしていなかったことに、彼女の身体が小さく跳ね、目が開かれる。ゆっくりと、だが抗えないくらいの強さに両腕が取り払われていき、恐怖に潤んだ黄金の瞳が、小刻みに震える口元が、月光の下、露になる。

 視界へと真っ先に飛び込んできたのは、一対の翠の煌き。どこかまだ剣呑な光を宿したそれが、彼女を興味深そうに見つめていた。

「おまえは、誰だ……?」

 先ほどとは違う、耳から心地よく浸透してくるその低音に、スゼルナの鼓動が再びやんわりと刺激された。トクントクン――高鳴りだすそれに、ますます困却の影が落ちる。

「私、私は……っ」

 もつれる舌に上手く言葉が乗らず、動揺だけが先走る。と、突然視野に広がった美しい顔立ちと訪れた慣れない感覚に、彼女は次の言葉を紡げずにそのまま呑み込んだ。トパーズの瞳が、その面積を広げていく。

 齎されたのは、冷たい感触。二つの唇が、まるで磁石のように重なり合っていた。

 それが初めてのキス、という行為にようやく気づいた頃には、角度を変えながら、(つい)ばむように何度も落とされ、緩められた継ぎ目から易々と咥内へ侵入された後だった。

「……んっ」

 濡れて艶めく紅唇の端から、漏れ出す吐息。今まで耳にしたことのない、その鼻にかかったような甘い声。それが自分から発せられたことに、スゼルナは瞳を揺らす。

(なにが、起きているの?)

 踏み込んだことのない未知の領域に、どう対処すればよいのかどう反応すればよいのか全くわからず、ただただ侵入者に弄ばれるように蹂躙される。呆然と立ち尽くしたままの彼女に、彼の舌端がさも当然のように絡みつく。

 ビクッ細い身体が、大きく震えた。強く弱く交互に吸い寄せられ、頭の芯がどんどん痺れていく感覚に思わず首を横へ逸らすが、執拗に追い迫られ、再び陶酔の中へ引き戻される。

(私、どうなっちゃうの? やだ、やだ……怖いよっ)

 あまりの混乱に、彼女の両手から一撃が放たれた。意表をつかれたのか、まともにそれを受けた彼がバランスを崩す。

 やっとのことで解放され、荒い呼気もそのままに立ち上がると、スゼルナは背を向け一度も振り返ることなく、全力で走り出した。



   ***



「あなたと出逢わなければ、よかった――。出逢わなければ、こんなに悩むことも苦しむことも、悔やむことも全部全部、なかったはずなのに……っ」

 項垂れた金の髪に覆われ、窺えない表情から漏れ落ちたのは、自責のような独白。

 黒炎に絡め取られた両の拳がグッ、と握られる。

 絶え間なく続く手首の疼痛に、あどけない顔立ちが小さな呻きと共に上向いた。

 眉間に皺を幾筋も刻み、苦しげな彼女から滴ったのは、変わらない涙の線と口の端からは細い銀の糸、そして再び、出逢わなければ――と繰り返される言の葉。

「ならば、望みどおりに滅してやろう。あのような出逢いの記憶なぞ、おまえには必要ない」

 白い頬を撫で、(とき)の力を行使しながら口唇を重ね合わせ深く深く踏み込めば、ビクッ彼女の身体が、あの時のように大きく震えた。

 が、あの時と違うのは、隅の方へと隠れるように縮こまった彼女の柔らかな舌先。それはまるで、無遠慮な侵入者に対するささやかな抵抗。

 軽く舐め上げれば、甘美な吐息が零れ落ちる。

 弾かれたように逃げ惑う彼女を捕まえ絡めとり強く強く求めれば、あの時以上に感じる陶酔と支配欲、そして嗜虐心。

「スゼルナ……」

 そっと離れた唇が紡いだのは、優しく甘い――それでいて濃密な(とき)の中で知りえた、その美しい響き。

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