4.囚われの太陽 (3) ※
※R15(?)らしいダークな表現が含まれていますので、
苦手な方は、適当に斜め読みでよろしくお願いします。
くぐもった声が、否応なしに漏れ落ちる。
「……っ」
三人の男たちに圧し掛かられ、身動きの取れない細身が僅かに跳ねた。
“彼”から与えられるそれとは違う、気持ちの悪い刺激。それでも反応を示してしまった自身を戒めるために、スゼルナは下唇に思いっきり歯を立てた。渇いた中にじわり、と広がる錆びた味。
「おやおや、そんなに噛みしめては、せっかくの可愛い啼き声が台無しというもの」
両腕を拘束している男が彼女の肌から顔を上げ、黄金の瞳に嘲るような笑みを浮かべた。拘束を片手に任せ、空いた指で彼女の頤を持ち上げると、きつく噤まれた紅の割れ目をなぞる。
顔を近づけてくる男から、首を背け必死に抵抗を示していた彼女は、瞬間、手首にかかる上からの更なる圧力に眉根を寄せた。反射的に開かれた紅唇に、男のそれが強引に押し付けられる。侵入者が、彼女の歯列を割り内へと荒々しく踏み込んだ。
「ぅ……っ、うっ、っ……」
圧迫され痺れを訴えてくる手首、強引に絡みつかれる嫌悪感と息苦しさに、薄らと透明な膜がトパーズの瞳に滲み出す。
塞がれた唇の端から呻きのような吐息が零れる様を、一人離れた所から眺めていた男の眼光がスッと変貌した。
「さあ、共に楽しもうじゃないか」
次に起こるだろう絶望の瞬間に、スゼルナは固く目を瞑った。
(ディアルク……っ)
――と。不意に、全ての動きが止められた。
掴まれていたはずの両腕がストンと床に落ち、後方へ寄りかかっていたはずの彼女の身体が、均衡を失い傾く。
解放された手で自身を支えながら、恐る恐る芽吹いた黄玉に侵蝕したのは、何よりも深い闇の色。
その色を中心に、紅を織り交ぜながら黒い風が巻き起こった。それに煽られ暴れ狂う金糸を押さえつけながら、スゼルナは再び目を閉じる。
「下衆どもが……!」
怒りに塗れ、吐き捨てられた低音が耳を撃った、刹那。
パンッ。木霊したのは、乾いた大きな破裂音。
俄かに落ちた静寂に、スゼルナは戸惑いながらゆっくりと瞼を上げた。
まず黒衣が映り、徐々に視線を上向かせていくに従い、見慣れたそれらに彼女の瞳が再び潤みを帯びていく。
濡れ羽色の長髪、すんなりとした顎、通った鼻筋、そして――。
求めていた翠の瞳に遭遇し安堵を感じた矢先、スゼルナは滲ませていた目を愕然と見開いた。
「ディア、ルク……」
「――どういうことだ?」
見下ろす翠の眼光は、いつにも増して鋭利な切っ先と化していた。
それに射竦められるように萎縮しながら、スゼルナは彼に背を向けると、震える指で肌蹴られていた衣類を整えていく。
「私にもよく、わからなくて……。その、気づいたらこんなことに……」
「ほお……。おまえの意志ではない、と? ならば、誰の差し金だったと言うのだ」
「そ、それは……!」
慌てたように、スゼルナが振り向いた。
感情を削ぎ落とした氷の美貌が、冷たく彼女を見下ろす。
『最高に愉しい地獄へ、蹴落としてあげるわ……!』――浮かんだのは、アッシュグレイの髪にマゼンタの瞳、挑発的な口元にそう台詞を乗せた女。
(状況的には彼女しか考えられないけど、彼女が犯人だという証拠は何もない……。もし、間違っていたら――)
無言のまま項垂れる彼女、その足首から伸びた鎖へと順に翠の目が動き、最後に小さな舌打ちが漏らされた。
険しくなるベルディアースの相貌に僅かながら翳りが差し、細められた翠玉がフイッと逸らされる。
「――もうよい。興が醒めた」
ハッと我に返ったスゼルナの前で、黒衣が翻った。
カツカツカツ、と遠ざかっていくベルディアースの背に、彼女は擦れた声で名を呼びかける。
「待って、待って……!」
力が抜けたままの全身を引き摺るように立ち上がると、スゼルナはベルディアースを追い、一歩二歩と踏み出す。が、無意識に竦む両足にもつれ、ガクリと膝が折れた。
「しっかりして、私の身体……!」
途端、刻まれた痕跡たちが、味わった嫌悪と恐怖を一斉に訴えてくる。
それらにギュッと腕を回し必死に押し留めると、未だ縛められたままの足を枷から懸命に引き抜く。
「……くっ」
疾る、鈍い痛み。
滴る赤い雫を点々と残しながら、スゼルナは人影すら消え去った牢獄を、やっとの思いで抜け出した。