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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【幕間】間奏曲 『Episode.1 虜囚』
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2.伸ばされる魔手 (1)


2.伸ばされる魔手



「元気がないようですね」

 その声に、スゼルナはハッと我に返り、慌てて視線を前に戻した。

 テーブルを挟んだ反対側の椅子に腰掛けながら、ベビーピンクの髪が優雅に宙を踊る。向けられた青緑の瞳に、スゼルナはすみません、と頭を下げた。

「さっき助けて貰ったばかりなのに、またすぐに押しかけてしまって……」

「私は構いませんよ。それより、体調の方はどうですか? 先ほどよりは、顔色も良さそうですけれど」

「あ、はい。ここで飲ませて貰った薬湯が効いたのか、身体が随分軽くなりました。ありがとうございます」

「いえ、なら良いのです。が、貴女はあの方の部屋に戻られたはず。何かあったのですか?」

 サマンサの問いかけに、スゼルナは逡巡するように黄玉の瞳を揺らした。

 グッと手を握り、痛みを訴えてくる胸元に当てる。

「――あの人は、昔からあんな感じ……なんですか?」

「あんな感じ?」

 カチャカチャ、テーブルに置いてあった茶器を操る手が止められ、青緑の目が疑問を浮かべた。

 それにスゼルナは小さく頷くと、そのまま視線を逸らすように俯いた。

「その、いろんな女の人と関係がありそうな感じがして……」

「……現場を、ご覧になったのですか?」

 静かな質問に、スゼルナは再び首を縦に振ると、眦を下げキュッと唇を噛みしめた。

「朝から体調が優れなくて、あの人を探していたんです。私、ここで頼れるのが、あの人くらいしかいませんから……。それで廊下を歩いていたら、偶然――」

 スゼルナの瞼の裏に蘇る、彼と見知らぬ女の二人が唇を重ねあう場面。

 沈黙が落ちる中、再びサマンサの手が動き始め、その音だけが静寂に響き渡る。

 スッと差し出されたカップにお礼を言いながら受け取ると、スゼルナはほんのりと甘い香のする茶色の液体にそっと口をつけた。

 広がる柔らかな味わいと温かさは、彼女の頬に赤みを、そして落ち着きを次第に与えていく。

「前々からそうじゃないのかな、と思ってはいたんです。いろいろ、手慣れているような感じがしていたし、私だけじゃないんだろうなって。でも、実際に目にしてしまうと――一緒にいるのが辛くて、つい、あの人を拒んで部屋を出てきてしまったんです」

「――確かに。あの方の色事に関する噂は、絶えることがありませんでした。それこそ――手当たり次第、と言っていいほどの乱行。まるで、その行為で何かを紛らわせようとするかのように」

「紛らわせる……?」

「ええ。あの頃の陛下は、それこそ――女を欲のはけ口、道具としか思ってはいなかったのでしょう」

「…………」

 スゼルナは無言のままカップに唇を寄せると、視界を鎖した。

 暗い闇に充満された中に真っ先に浮かぶのは、その黒よりも濃い濡れ羽の色――。

(たくさんいる女の人の中の一人にしか過ぎないのかな、私は。それでも、私は……)

 そんな方が――、発せられたサマンサの声に、スゼルナは目を開いた。

 その先で、彼女を見据えるようにじっと青緑の瞳を向けるサマンサの姿。眼差しの強さに、スゼルナが困惑の表情を浮かべると、微かに口元を綻ばせ、言葉が継がれる。

「突然、妃をお迎えになられた。私は、ただただ驚くばかりで……。どんな方か、とは思っていましたけれど、実際にお会いできて本当に――よかったです」

 僅かに和んでいたサマンサの面立ちが、不意に真摯なものへと変わる。

「貴女があの方に、そしてあの方が貴女に……。やはり運命、なんでしょうね」

「サマンサさん?」

「いえ、こちらのことです。ああ、そういえば――ご存知ですか? 今日は、あの方の誕生日なのですよ」

「誕生日……、そうだったんですか」

「はい。今日も早朝からそのお祝いに、と来客があとを絶たないようです。どこか、普段と違う雰囲気ではありませんでしたか? あの方は」

「――確かに、いつも以上に苛々しているようには感じました」

 思い出したように告げるスゼルナに、サマンサはベビーピンクの髪を揺らすと、人形のようなその面を翳らせた。

「あの方はご自分の誕生日など、憎悪の対象としか捉えてはおられませんから。そう、ご幼少の頃から、ずっと――」

「自分の生まれた日なのに? どうしてですか?」

「それは――……」

 徐に、口ごもるサマンサ。

 スゼルナを、そしてどこか遠くへと視線を向け、その目が何かを耐えるような、そんな色を滲ませ始める。

「貴女なら――いえ、貴女にしか変えられないのかもしれません……」

「え?」

「貴女に、祝福を――。勇気の出る、おまじないです」

 フワリ、テーブルの上に無造作に組まれたサマンサの両手に、白光が宿る。

 ポン、とスゼルナの前で弾けたその中から現れたのは、一輪の赤い薔薇の花。

「わあ……! 素敵な魔法ですね」

 顔を輝かせ魅入るスゼルナに、サマンサは微笑みながら薔薇を差し出した。

 嬉々として受け取り、不思議そうにしげしげと薔薇を見つめる彼女に、サマンサの青緑の瞳が細められる。

「――教えて差し上げましょうか?」

「私に、ですか? でも……」

「貴女なら――、出来るかもしれませんから」

 サマンサと指で摘んだ薔薇とを交互に見やりながら、スゼルナはコクリと頷くと、お願いします、と笑顔を浮かべた。

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