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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【幕間】間奏曲 『Episode.1 虜囚』
31/87

1.太陽の翳り (3)

 バタン! 扉の開閉と、徐々に小さくなっていく彼女の足音。

 それがかき消えると同時に、彼の利き腕が虚空を薙ぎ払った。そこから発生した黒い衝撃波を受け止めたのは、部屋に一つしか存在しない、薄らと光明が差し込む窓。

 派手な破壊音に、ガラスの破片たちが淡い煌きと共に舞い散る。

 すぐさま肌に纏わりついてくる外気に濡れ羽色の長髪を揺らされ、ベルディアースの剣呑な翠の眼差しが更に鋭さを増す。

 ギリッ、今にも響いてきそうなほどに奥歯を噛みしめると、彼は大股で出入り口へと歩を進めた。

 と。部屋の中央辺りに差し掛かった頃、不意に耳を掠めたノック音に黒衣が静止する。

「入れ」

 酷く抑揚のない許可に、ゆっくりと反応が生じる。

 現れたのは、結い上げたアッシュグレイの髪を幾筋も肩や背中へ垂らし、マゼンタの瞳に熱を燻らせ、魅惑的な唇に挑戦的な弧を描いた女――。

 彼女を見とめた翠玉が、一瞬で不快に彩られる。

「……何の用だ、ラミルベイア」

「もちろん、先ほどの続きを、ですわ。途中で、余計な邪魔が入りましたもの……。さあ、邪王神陛下。今日の良き日――わらわが、精一杯にご奉仕させて頂きますわ」

 踵の音を響かせながら近づき、スッと黒衣に女の指先が這わされる。それが彼の胸元にまで伸びた瞬間、その手首が掴まれ彼女の身体が傾いた。

 アッシュグレイの髪が黒衣に吸い込まれていき、彼の掌が有無を言わさず彼女の乳房を鷲掴む。

「あんっ、そんな性急ですわ」

 色味を含んだ吐息が漏れ落ち、ベルディアースの瞳が細まった。口唇が、静かにラミルベイアの首筋を伝い、彼女がうっとりとした眼差しを向ける。

「ん……、やはり貴方は、あんな貧相な小娘ではなく妾のことを――」

「…………」

 回された女の両腕の中で、ベルディアースの眼光が鋭利に煌く。

 彼の指先が緩々と上昇し、露になったままの鎖骨を掠め辿り着いた先は、首元。ググッ、と柔肌に食い込むように強まる拘束に、彼女の恍惚とした表情が俄かに苦悶を滲ませ始めた。

「な、にを……っ」

 と。

「お探し致しました――、陛下」

 突如として割り込んできたハスキーな声音に、ベルディアースの一瞥がそちらを捉える。

 開かれた扉に佇んだ、肩にかかるくらいの、癖のないストレートな翠の髪に覆われた婀娜あだな美しい女。その顔立ちの中心には、翠の輝石。同じ光彩の二対の瞳が、虚空で静かに絡み合った。

 彼女の翠玉には、見咎めるような色合い。

「……」

「先ほども申しましたように――例の件、お支度の方をお願い致します。あちらの方々を、随分と待たせておりますので」

「……興味ない、と言ったはずだが?」

「承服しかねます。これは年に一度の――いわば、貴方にとっては責務のようなものですから」

 彼女の澱みない受け答えに、ベルディアースはフン、と鼻を鳴らした。

 徐に、目の前の表情を強張らせたままの女を引き寄せ、耳元に唇を近づける。

「……命拾いをしたようだな」

 囁かれたのは、ゾクリと全身を震わすほどに冷酷な、それでいて甘美に艶めく低い声色。

 ラミルベイアの相貌が、一瞬にして硬直を見せる。

 掴んでいた首ごと女を無造作に横へと放ると、ごほごほ、咽るように咳き込む彼女を尻目に、ベルディアースは黒衣を翻らせた。その背が、すぐさま同色の外套に覆われる。チラリ、と視線を這わせれば、翠髪の女。

 一つ歎息を落とし、顎先で彼女を呼び寄せる。

「解っていような?」

「御意」

「――足取りを追跡しておけ。絶対に、逃すな」

「仰せのままに」

 去り行く黒衣の背中に、彼女が深々と腰を折った直後。

 ベルディアースの姿は、周りの風景に溶け込むようにかき消えた。



 バサ、アッシュグレイの髪が、後ろへ振り払われ、大仰な吐息がつかれた。

 マゼンタの瞳が憤怒に彩られ、視線の先の女を睨みつける。

「――一度ならず二度までも、お前に邪魔をされるとはね。恥知らずにも、程があること」

「恥知らず、だと? それはお前の方ではないのか、ラミルベイア」

 翠の髪が揺れ、皮肉のような笑みを刻んだ紅唇が、言葉を継ぐ。

「あの御方は、つい先日正妃をお迎えになった――それは周知の事実のはず」

「ハッ。正妃ですって? あんな人間の小娘ごとき、誰が認めるものですか」

 腕を組み、嘲笑を浮かべながら吐き捨てると、ラミルベイアの面が一転し、うっとりと夢見るようなものへと変わる。

「それに、あの方は妾を求めてくださった――。それは即ち、あの方を満足させられてはいないという、何よりの証拠でしょう?」

「本気でそう思っているのか? 私の目には、お前があの御方に命を刈り取られようとしている――そんな風にしか映らなかったがな」

「……!」

「むしろ、感謝して欲しいものだ。結果的に――とはいえ、助けてやったのだからな」

 見開かれたマゼンタの瞳にそう言い残し、翠の髪の女は踵を返し、歩み去っていく。

 一人残された女は、沸きあがる屈辱に両肩を小刻みに揺らしながら、ふと脳裏を過ぎった金色に、拍子抜けをしたような面立ちを浮かべる。それが緩やかに、高慢な色を灯し始めた。

「そうよ、元はといえば――」

 眼差しが酷薄に歪み、ユラリ、と女の身体が仰け反る。

 その思考の中で展開される、悦びの宴。主要なのは、怯えたようにこちらを見上げる二つの黄玉。

「アハハハハ、思い知るがいいわ……!」

 そう言い放った唇が、ニィッと大きく残忍な弧を模った。

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