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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【幕間】間奏曲 『Episode.1 虜囚』
29/87

1.太陽の翳り (1)

『金色の章』の後日談になります。彼女の小さな嫉妬、そして、それをはるかに凌駕する魔王の嫉妬が織り成す、すれ違いがすれ違いを生んでいく物語。


 Episode.1 虜囚 



1.太陽の翳り 



 陰影の月 シェスティムール。


 カツン、カツン。靴音がやけに大きく響き渡る。

 若干覚束ない足取りで、スゼルナは黒曜石に覆われ常闇と化した廊下をフラフラと歩いていた。

 両の肩は小刻みに震え、その度に荒い呼気が彼女の唇から漏れ出す。僅かに紅潮した頬、潤みを帯びた黄金の双眸は、彼女が平常な状態ではないことを示し、フラリと突然傾いだ背中を受け止めたのは、火照った肌に冷たさが心地よい壁。

 大きく吐息をつくと、彼女は緩々と額に手を当てた。

「困ったな……。頭が、重いよ……」

 全身に力をこめ、再び立ち上がる。頼りない歩行でしばらく進むと、視界の先に艶やかな黒が揺らめくのが見え、スゼルナはほっとしたように顔を綻ばせた。

 次第に明瞭になる、その黒の持ち主。長い濡れ羽色の髪を宙に流し、同じ闇色の外套と衣服に包まれた長身は、彼女が探し求めていた人物。

 が、そちらに歩み寄ろうとした、その動きがピタリ、と止められた。

 柱の影になって気づかなかったらしい、彼は一人ではなかった。彼の首に両腕を回し、情熱的なマゼンタ色の瞳で何かを強請るように彼を見上げ、形の良い唇で何事か囁きながら、アッシュグレイの髪を宙に流した蠱惑的な女――。

 スゼルナの瞳が、見る見るうちにその面積を広げていく。その中ではっきりと映される、二人が唇を重ねあう場面。吐息を混じらせ、声を、熱を、共有しあうように深く深く――。

「……!」

 息が詰まりそうな衝撃に、スゼルナのトパーズが大きく揺らいだ。霞み始める二人の睦み合いに、彼女は口元を引き結ぶと踵を返す。ゆっくりと金糸が跳ね動き始め、徐々にそれは速さを纏い、気づけば彼女は全力で駆け出していた。

(さっきのは、誰? あの人と、どういう関係なの?)

 グルグルグル、廻るのは瞼に焼き付いて離れない先ほどの光景。

 グッと唇を噛み脳裏から消し去ろうとかぶりを振るが、こびりついた汚れのように剥がれそうにない。

 カッカッカッ。間隔の短い音色が木霊する。

 どこをどう辿ったのか――。変わらない暗闇の中で、スゼルナの足音が徐々に弱まっていく。

(あの人に必要とされなくなったら――私は、どうすればいいの? 私には、行くあても頼れる人もいない、のに……)

 クラリ、と反転する世界。

 思わず彼女はその場に蹲ると、そのままくずおれるように倒れこみ、必死に繋ぎとめていた意識を静かに手放した。



「ん……?」

 浮上した意識に、緩々と瞳が開かれる。

 何度も瞬いた視界に映る、黒い天井。見慣れないその光景に、スゼルナは首だけを横へと倒した。それに合わせて、額に置かれていたらしい綺麗に畳まれた白布が滑り落ちる。

「ここは……」

「目が、覚めましたか?」

 穏やかな、だが若干抑揚の少ない声色が背後から耳を撃ち、スゼルナはそちらへ顔を向けた。

 ベビーピンクの長い髪に縁取られた、人形のように整った面立ち。その中央にマラカイトの如く輝く一対の青緑の双眸が、黄金の瞳と交差した瞬間、僅かな逡巡の色を灯した。

「あなたは?」

 スゼルナの問いかけに、ハッと青緑の瞳に意思が宿る。

 再度、削ぎ落としたような無表情な面が、スゼルナの前に広がった。

「私は――サマンサと申します」

「サマンサ、さん? ここはどこですか?」

「ここは、私の部屋。あの方の宮廷からは、少々離れた位置にあります。貴女は確か――あの方の妃になられた方、でしたね?」

 スゼルナは小さく首肯すると、身を預けていた寝台からゆっくりと起き上がった。

 悲鳴のように訴えてくる全身の気だるさを押し隠しながら、そっと床へ両足をつける。

「あなたが、私を助けてくれたんですね? ありがとうございました」

「いえ。随分と衰弱されていたようですけれど――大丈夫ですか?」

「平気、です。少し休ませて貰ったおかげで、だいぶ楽になりましたから……」

 寝台の脇にかけた両手で支えるように立ち上がろうとした途端、グラリ、と暗転する世界。

 スゼルナは額に手の甲を当てながら、軋むスプリング音と共に再び座りこんだ。

「……っ」

「無理をされてはいけませんよ。まだ、小康状態のようですから」

 すぐ傍に気配を感じ、スゼルナは顔を上げた。

 そんな彼女の前にスッと差し出される、湯気を湛えた小さな器。

「これは……?」

「薬湯です。身体が温まりますし、多少ですが滋養効果もありますから――どうぞ」

「ありがとう……ございます」

 受け取りながら、スゼルナはそっと吐息を漏らした。

 両手で包むように器を持ち口をつければ、味覚を刺激する苦い薬味。それに微かに顔を顰めながら、少しずつ器を傾けていく。

 全てを飲み干し、礼を言いながらサマンサに器を返すと、両足に力を籠め立ち上がる。何とか状態を維持できそうな具合に、スゼルナはもう一度ありがとうございました、と継いだ。

「戻られるのですか?」

「はい。ちょっと、気になることがあるんです」

「そうですか……。貴女さえよければ、また――立ち寄ってくださいね」

「え……。でも、いいんですか? 私は――」

 困惑顔で言い募るスゼルナを遮るように、サマンサは一つ頷いた。

「もちろんです。歓迎――しますよ」

 あまり代わり映えのしないその声音の中に混じる、優しげな響き。

 それに気づいたスゼルナは、思い出したように告げた。

「私……、私の名前は、スゼルナです」

「――スゼルナ様。よい、お名前ですね」

 微かに口元を綻ばせるサマンサに、スゼルナもつられるように満面の笑みを浮かべた。

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