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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
27/87

8.廻る歯車  (4) ※

※R15(?)らしい表現が含まれていますので、

苦手な方は、適当に斜め読みでよろしくお願いします。

 カラッ……小さな瓦礫の崩れた音に続いて、スゼルナの両脚が地に降り立った。

 目の前には、壁に大きく穿たれた穴から広がる荒涼とした風景。

 先ほどまで剣を交えていた濃紺色の男をどこにも見受けられず、スゼルナは肩を上下させた。

 と。フワリ――視界の端に侵入する、虚空を遊ぶように靡く黒の糸。

 瞬間、突如として後ろから回された力強い腕に抱きすくめられ、何が起きたのか理解出来ずに困惑の海に落とされる。その両腕が、あまりに馴染んだもののような気がして、意識が更に大きな波に攫われた。

「あなたは、誰? さっきも私の名前を呼んでいた……。あなたは、私を知っているの?」

「ああ、無論だ。俺の名は――ディアルク。おまえには、そう呼ばれたい」

「ディアルク? ……なんだか、不思議な感じ。初めて耳にするはずなのに、そんな気がしないな。やっぱり私、前にあなたに会ったことが――あ! 私が傷つけてしまった怪我は、大丈夫!?」

「あれくらい、騒ぐほどのものではない」

 その言葉に、スゼルナから安堵の息が漏れ落ちた。

「よかった……。あの、本当にごめんなさい。てっきり、私を狙った追っ手だと思ったから、つい攻撃をしかけてしまって――」

「別段、気にしてはおらぬ。とはいえ、俺に剣を向けた――その不敬が、立ち消えたわけではないが。まあよい、この身体で返して貰おう」

 金糸がかき分けられ(あらわ)になったうなじに、柔らかな感触が落とされる。

「っ」

 カラン、スゼルナの手から剣が滑り落ち、響いたのは乾いた音色。思考が追いつかないまま、押し倒された先は祭壇の上。天井から差し込む光が、目映く彼女の目を撃つ。

 それを覆うように、不意にベルディアースの美しい顔立ちが迫り、スゼルナは慌てて彼を押し返した。

「ちょ、ちょっと待って! 私たち、今さっきここで知り合ったばかりなんだよ? さすがにこんなところじゃ恥ずかしいし、だめ……!」

「ほお……。その台詞――羞恥さえ取り除いてやればそれ以外は問題ない、それが仮に出逢ったばかりの男だとしても――そういうことだな?」

「え……っ」

「俺以外の男でも良いと、そう言うのだな、おまえは……?」

 その切り替えしは予想外だったらしく、一瞬呆けたように緩まった拘束を振り払い、ベルディアースの手がスゼルナの長衣を、そして剣帯を順に剥ぎ取っていく。

 残された黒い身体の線に指を這わされ、スゼルナは小刻みに震えながら身を捩った。

「だ、だめ……っ」

「拒むつもりか、この俺を?」

「そ、そんなこと言われても……!」

 黄金の瞳が、困惑に揺れ動く。

「どうして? どうして、あなたはそんなにまで私を……」

「……おまえが欲しい」

 スゼルナをかき抱きながら漏らされたのは、そんな擦れた低い声音。

 それに耳たぶを擽られ、彼女のトパーズが大きな漣を生み出す。

 触れ合う温もりは、なぜだか肌にピタリ、と吸い付くような心地よさを伝え、彼女から徐々に抗いの力を失わせていく。

「ねえ、ディアルク……。私は、あなたとどういう関係だったの?」

「……知りたいか?」

 嘯かれた問いかけに、スゼルナは一瞬全身を強張らせたが、その後、緩々と首を振った。

 ギュッと彼の黒衣を掴むと、微かに戦慄く唇を薄く開く。

「すごく――怖い。私、どうなってしまうの? こんなこと初めてで、何もわからなくて……」

「……初めて、か」

 彼女のその言葉を耳にするのは、これが二度目だった。

 自嘲めいた笑みが、ベルディアースの口元を彩る。

「怖がる必要はない。おまえの身体が、全て教えてくれる――いや、思い出させてくれるはずだ」

「あ……っ」

 有無を言わさず彼女の衣服に縦にスッと爪を這わせれば、裂け目から音もなく鮮やかに広がる雪原。

 解かれた柔らかい金の髪が、その一部を覆う。

 恥ずかしそうに頬を染める彼女の金糸を撫でながら、ベルディアースの瞳がスッと細まる。捉えたのは、彼女の生命を維持させているだろう、鼓動の源。その場を支配するように描かれていたのは、薔薇と王冠が絡まりあった黒い紋様。

 光に属する者が闇の神々に身を委ねた場合、一週間ほどの体調不良が続き、しばらくの後にその神を表す象徴が浮かび始めるという――いわば、堕天と所有の烙印。自ずとそれに触れながら、皮肉のような笑みが彼に浮かんだ。

「闇堕ちの印、か。やはり、おまえは……」

「ディアルク……?」

 呟いた彼女に、黒糸が緩々と横に振られた。

 と、ベルディアースの空いた手が黒衣の中の硬い何かに気づき、取り出す。それは、銀細工の施された装飾品。

 『永久(とわ)なる虜』という言葉を秘めた宝石から作られたそれは、彼に相応しい代物として献上された品。

「ピア、ス……?」

 スゼルナの問いかけに答えるように、彼女の目の前で紅が舞った。外形を広げたその瞳の中で、濡れ羽色に混じり燦然と煌く紅玉の彩り。彼の左耳に穿たれたのは、ダークレッドの証。

「あ……」

 ベルディアースの手にもう一つの――彼の左耳の証と対になるものが、握られていることに気が付いたスゼルナは、僅かに表情を強張らせた。

 彼の左手が、彼女の耳にかかる金糸をそっとかき分ける。

 スゼルナは小さく身じろぎしながら、彼を窺い見た。黄金の瞳に広がったのは、どこか切なさを含んだ翠の瞳。それに彼女が小首を傾げる仕草を浮かべると、気づいたベルディアースは、スッと翠玉を閉じた。

 次に芽吹いた翠の光は、真摯なそれ。

「仮におまえとの関係が断たれ、立場が変化したとしても――いずれまた、廻り逢えるよう……」

「ディアルク……? さっきからどうし……っ」

 突如として右耳へと(もたら)された激痛に、スゼルナは堪らず悲鳴を上げた。

 ベルディアースから流れ落ちた紅の雫が、スゼルナのそれと一つに溶け合い、彼女の輪郭を辿り顎を伝い落ちた先には――黒の烙印。

 必死に伸ばされた両の腕が彼に回され、縋りつく。触れ合う、ダークレッドの証。

 蕩ける吐息と、お互いの熱。そして――想い。全てが綯交(ないま)ぜになり、爆発する。

 美しいトパーズから堰を切ったように、零れ落ち始めたのは――湧き出すような涙。

「……なぜ、泣く?」

「ごめん、なさい……。どうしてかな? 私にもよくわからないよ。でもきっとこれは、嬉し涙……。嬉し涙、だから……」

 そう言って微笑する彼女は、しっかりとした存在と幸福に満ちていて。

 思わず力任せに抱きしめれば――変わらない、彼女の温もり。

 ベルディアースの両腕に包まれ、微酔(まどろ)むように瞳を彷徨(さまよ)わせていたスゼルナは、そっと彼の胸元に頬を寄せた。

「……また、逢えたね」

「なに……?」

「ううん、ごめんなさい。そんな言葉が、ふっと頭を過ぎったんだ」

 スゼルナは視線を上向かせると、満面の笑みを浮かべた。そっと、言の葉を継ぐ。

「もしかしたら――こうやってあなたに出逢う、ずっとずっと前から――あなたに惹かれていたのかもしれないな、私」

「…………」

「笑わないで聴いて、ね? 逢ってまだ間もないのにこんなこと言うのもおかしいな、て自分でも思うんだけど――。あなたのことが好き……大好きだよ、ディアルク」

 真摯な眼差しで、告げるスゼルナ。

 拍子抜けしたようなベルディアースの面立ちが、徐々に崩れ、クククッと両肩を揺らし始める。

 かあっと赤面しながら、彼女はちょっと拗ねたように頬を膨らませた。

「あ、ほら笑った! だから、笑わないでって言ったのに……っ」

 恥ずかしそうに視線を逸らす彼女の頬が、大きな掌に覆われる。チラリ、と目だけ向けた黄玉に、美しいエメラルドが一際艶やかに光り輝いた。

「……愛している、スゼルナ」

 囁かれた言の葉が、甘く切なく彼女を包みこむ。

 突然の告白に、スゼルナは瞳を瞬かせながらそれを受け止めると、見る間にその口元を綻ばせた。

 重なる、記憶の片隅に残されていた言の葉――。

「あの時の声は、やっぱりあなただったんだね……?」

 黄金と翡翠が交差する。

 どちらからともなく求め合い、そして再び――吐息が一つに交わった。

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