表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
25/87

8.廻る歯車  (2)

 ガラッ、一欠けらが崩れ、地に落下する。それが合図のように、朽ちかけていた入り口が、突如として木っ端微塵に吹き飛んだ。

 濛々と立ち込める埃と瓦礫の屑に紛れて、黒衣が悠然と進み出る。その姿に黒い線状の炎が絡みつき、舞い散る残骸から主人を護るように這い回る。

 靴音が、不意に止んだ。翠の瞳が捉えたのは、荊の蔓と真っ赤に滴った花たちに彩られた壁の十字架、そして、そのすぐ真下に佇む細身の人物。紫紺の上着の中、黒い服が浮き彫りにする身体のラインから推測すると、どうやら女のようだった。

「貴様か、反乱の首謀者というのは?」

「……!」

 一瞬たじろぐように、紫紺色のフードと長衣の裾が揺れる。

 そちらへ掌を突き出し、指先をクイッと挑発するように上向かせながら、ベルディアースは嘲るような笑みを刻んだ。

「ちょうど、破壊への欲求が昂っていたところだ。少し――遊んでやろう」

 ふと脳裏を掠める、手元から逃げ出したままの金色の少女。腹心の部下に行方を追わせてはいるものの、未だに舞い戻らないあの温もりと匂い。(もた)げる、残酷なまでに歪められた彼女への執着心。彼の面立ちが、凄みを帯びた。

 その先で一歩二歩、女の身体が後退する――刹那、一呼吸の間に距離を詰められた。

「!」

 翠の瞳が、僅かな驚愕に面積を増した。その前で抜刀され、閃く白刃。かわし損ねた黒髪が切り飛ばされ、幾本かが宙を滑空した。

 連続で繰り出される剣の乱舞に、ベルディアースは小さく舌打ちしながら大きく後退すると、すぐさま掌を翳す。その先に灯る、燃えさかる赤光。

「エフォーディア」

 魔力が呼応し、炎の上位精霊の名前と共に解き放たれる。

 突き進む巨大な火炎球に、瞬間、亀裂が(はし)った。爆発が引き起こされる中、噴煙に混じって女が飛び出してくる。肉迫した剣の切っ先が黒衣を掠め、細い傷を刻む。

 ベルディアースの翠目が、憎悪に塗れた。同時に、彼の手に出現する黒の刃。それが描く横の斬撃を剣身で受け止めきれなかった細身が、若干だが傾ぐ。その好機を狙った黒剣がうなりをあげ、振り下ろされた。

「っ」

 仮面から覗く女の唇から、吐息が漏れ落ちた。乱れた体勢から地面に両手をつき、黒の攻撃を紙一重で避けると、倒立をするように蹴り上げる。女の爪先が獲物を捕らえられず空を切った。

 両の脚が下り立ったと同時、足元を狙った回し蹴りが放たれ、ベルディアースは素早く後退すると、再び紅蓮の炎を召喚し矢へと形を変えたそれらが、天井より降り注ぐ。

 身を捩り、あるいは剣でそれらを弾き返していた女の仮面から、小さな呻き声が発された。指先が、緩々と硝煙が昇る左の肩を掴む。

 その彼女が視界からフッとかき消え、彼の翠目が自ずと上向いた。中空を踊る華奢な身体から、体重を乗せた一撃が見舞われる。ゴガッ、耳障りな音に床が抉り取られ、地肌が露出した。

「なんだ……、この感覚は……?」

 跳躍しながら、ベルディアースの翠の瞳が微かに揺らぐ。覚えのある、剣と体術を駆使したこの戦い方。答えに辿り着いた瞬間、彼の表情が愕然となった。

「まさか……!」

 着地と同時に展開される、精霊魔法。次に圧縮されたのは、風の渦。

「シルフレヴィラ」

 ゴオッ突如として巻き起こった突風に、剣を握りこちらに疾駆していた女がやおら立ち止まり、その身を固くした。フードが攫われ、フワリ――流れる、金色の波。それを映した翠玉が、俄かに面積を広げる。

「おまえ、は……っ」

 喉から絞り出した声音は、酷く擦れていた。

 それを断ち切るように、女の剣閃がヒュン、と薙がれる。

 鮮血が舞う中、彼女の剣を持つ手首が絡め取られ、ビクッと両肩を震わせた細身が有無を言わさず引き寄せられる。

 パンッ。乾いた音が響き、彼女の顔を覆っていた仮面が粉々に打ち砕かれた。

 現れた美しい黄玉が輝きを放ち、それに混じる翠の彩り。

「あ……」

 紅唇から呆然とした呟きが零れ、丸みを帯びた金色の双眸が波紋を浮かべる。

「あなたは、誰? 追っ手じゃ、ないの……?」

 耳を撃ったのは、紛れもない彼女の声。艶やかな黒髪が波打ち、重ねられたのは衝動。

 ん、受け止めた唇の端から苦しげな吐息が漏れる。それすらも奪うように逃がさぬように、ベルディアースの指先が、彼女の(おとがい)を掴む。

 甘い陶酔に、痺れるような感覚。齎された旋律が途切れ、繋ぐ銀の糸が滴り落ちながら紡がれたのは――。

「……スゼルナ」

 甘美に艶めいた、彼女の名前。

 スゼルナの耳に蘇る、記憶の片隅に残されていた言の葉。

「その、声は……」

 刹那、ベルディアースの長身がグラリと傾いた。慌てたスゼルナの両手が彼を支え、ヌルリとした感触に、向けられた黄金の瞳がその正体を捉える。

 胸から腹部の辺りに刻まれた、斜めへと(はし)った斬撃痕。先ほど、彼女自身が放ち穿ったものだった。彼女の表情が翳りを見せ、次の瞬間それは驚愕に彩られた。

「なに、これ……。私、この光景に覚えがある……?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ