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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
23/87

7.記憶の代償 (4)

 開け放たれた両扉から、悠然と歩み始める黒衣の長身。緋色に染められ、金糸で縫い取りがされた天鵝絨(ビロード)の織物が敷かれた先には、一際高く設けられた豪奢な玉座。

 彼が通り過ぎた両脇に、続々と現れる黒い影。それが徐々に連なり、彼が玉座へと腰を下ろした頃には、その数は三十近くに膨れ上がっていた。

「――報告を聴こうか」

 片肘をつき、翠の視線を見下ろすように周りへ流す。

 と、それに促されるように、一人の男が一歩前に進み出た。

「では、まず私めから。人間界への侵攻に関してですが、こちらの戦――」

「下がれ。次」

「北方での徴兵ですが、思った以上に集まらず、難航しており――」

「フン……そのような些事、貴様が何とかしろ」

「珍しいアルーンダイトという宝石を入手しましたが、どのように――」

「俺に相応しい代物に、仕上げてみせよ」

「では、本日の予定ですが、まずはノ……」

「全て、白紙に戻せ。気が乗らぬ」

 若干苛ついた風な低音が、飛ばされる。

 沈黙の落ちた、張り詰めたような緊張。それを破ったのは、玉座から最も近い所から上がった、重く響く声だった。

「――金色の髪をした娘を、城内で見かけた者が幾人かいたようですが、心当たりは? 主よ」

「さあ……知らぬな。だが、金色とは珍しい。その話が本当ならば、一度この目で見てみたいものよ」

「この城に、そのような色合いの持ち主はおりませんゆえ、記憶している者が何人かいたようです。信憑性はそれなりに高いかと。最後に目にした者が申すには、城門を抜け、逃げるように姿を眩ました、とのこと」

「ほお……」

 ベルディアースの翠玉が、微かな剣呑さに鋭さを帯びる。

「いかがしますか?」

「捨て置け。俺の城から逃げ出すような腰抜けに、用はない」

 フッと嘲笑を浮かべ徐に立ち上がると、緋色の絨毯の上に足を踏み出す。

 黒い影たちが、一斉に低頭する。その間を通り抜けながら、ベルディアースはスッと姿を消した。



「逃げ出した、だと? この、俺から……!」

 掌に顔を埋め、呻くような声音を漏らす。長い指と指の間からは、冷酷に光る鋭利な翠の刃。

 と、その腕が横から伸びた手に攫われ、不意に覆われる唇。小さく驚きを滲ませた翠目が映したのは、欲して止まない金色の少女――ではなく、一人の女。

 豊満さを強調するように広く開いた胸元、スリットから覗いた素足はスラッと細く、煽情的なもの。ベルディアースの秀麗な面から、全ての感情が消えた。

「……何のつもりだ」

 ゆっくりと身体を離す女の双眸を冷たく見据え、ベルディアースはゾッとするほどに低い声音を投げつけた。

 女はスッと眼差しに情炎を燻らせると、艶やかな笑みを口元に描く。

「おわかりのはずでしょう? いつものお誘いに」

「なに……?」

「邪王神様、オルトを滅亡させて以来、こちらには全くお顔を見せてくださらないんですもの。それまでは、あれほど強く熱く(わらわ)のことを可愛がってくださっていたのに」

「…………」

 柳眉を僅かに跳ね上げ、目線を細める彼の黒衣に顔を寄せ、その温もりと強靭な胸板に嘆息しながら、女はうっとりとした眼差しで告げてくる。

「ああ、堪らない。この身体に、腕に包まれ何度も味わうあの快感。ねぇ、邪王神様。(わらわ)と楽しみましょう? いつもの様に(わらわ)を、貴方の世界へと誘って? 貴方が望むなら、今この場ででも――」

 女の両手が、彼の腕から緩々と移動し指先に絡みつくと、はちきれんばかりに実った双丘の片割れへと導く。

 生地越しに伝わる掌の感触に、女の身体が悦びに震えた。

「はっん……っ」

「…………」

「邪王神様、早く、早く(わらわ)を――っ」

 伸ばされた両の腕がベルディアースの首元に回される――瞬間、恍惚としたその表情が彼の目の前で不自然に拉げ、そして弾け散った。鮮烈な緋色が、肉塊の破片が、僅かに()えた臭いが混ざり合う。

 目の前を冷徹に見下ろしながら――もう既に、女の顔さえも思い出せないが、彼の唇が嘲笑を刻む。

「……興味ない」

 短く吐き捨て、何事もなかったかのように歩みだす。

 ――そしてこの日も、彼女の姿を捉えることは出来なかった。

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