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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
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7.記憶の代償 (3)

 フワリと黒髪が舞い、しん、と静まり返った部屋に突如降り立つ黒衣。黒一色の中で、燦然と煌く翠の双眸が、記憶とは異なる部分を一箇所だけ見つけ、驚きを滲ませた。

 捉えたのは、無人の寝台。特に乱れた形跡もなく、まるで最初からその場には誰もいなかったかのように、整然としたものだった。

 傍に歩み寄り、触れてみる――ベルディアースの面から、表情がスッと抜け落ちた。

「どこに行ったのだ、スゼルナ……!」

 外套が虚空に翻され、再び彼の姿が闇の中へと溶け消える。

 次に黒の長髪が舞ったのは、彼の居室がある主殿と本殿を繋ぐ長い廊下。どこまでも闇に沈む、延々と続きそうなその場所に短い間隔で靴音が奏でられる。

 目当ての金糸を視界のどこにも見受けられず、彼の顔に僅かな焦燥が翳り始め、苛立ちを含んだ舌打ちが響く。

「寝台の冷たさからして目覚めたのは、随分前……か? だが、なぜ部屋を出る? 記憶に残したのは、名前と一通りの知識のみ――見知らぬ場所で、このような愚行を犯すとはな」

 ありえぬ、と吐き捨てながら、ベルディアースの足が徐々に速度を増していく。

 しばらく進んだ所で、虚空に靡いていた長い黒糸と外套が緩やかに静止した。

 彼の前にスッと進み出る、濃紺色。気配の薄いそれに、翠の瞳が若干険しさを帯びながら細められた。

「ラグニツァール。何の用だ?」

「いえ、大したものではありません。西方の反乱を鎮圧する部隊の指揮に、わたしが抜擢されましたので、今より軍を率い出立致します。そのご報告に、参っただけです。しばしお傍を離れますが、ご容赦のほどを」

 深々と一礼するラグニツァールに、肯定を一言返すと、ベルディアースは歩み始める。その黒衣の背を留めるように、投げかけられる声音。

「随分と()いていらっしゃるようですが、どうかされましたか? わたしでよろしければ出立までの残り時間、お手をお貸ししますが?」

「フン、必要ない」

「そうですか。出すぎた真似をしたようですね。では――」

 そう言い残し、去っていくラグニツァールを翠目が追う。それがフイッと逸らされ、ベルディアースの黒衣が、再び揺れ動き始める。

 その後、城内をくまなく歩き回った彼だったが、目的の少女を見つけることは出来ず、彼の内心に暗澹たる影を刻みながら、その日は暮れていった。



 緩々と差し込み始めた白光を、金糸が目映く弾き返す。ふ、と上向いた視界が真っ白に覆われ、思わずスゼルナは目を閉じた。

 首を元の位置に戻しながら黄玉を芽吹かせれば、すぐに描き出される巨大な十字架。それに絡みつくような荊の蔓と、真っ赤に滴った花弁。正面の壁に設えてあるそれをぼんやり眺めながら、スゼルナは小さく吐息を落とした。

 ラグルに案内され、到達した場所。それは、古びた教会のような廃屋だった。

 雨露程度は凌げるだろう程度にしか外観を残さない屋根や壁、並べられた椅子もボロボロに朽ち果てている中、一つだけ異彩を放っていたのが、奥の壁。

 その前には祭壇が設けられており、そこには天井から穿たれた穴から漏れる光が、まるで懺悔者を浮かび上がらせるような照明に変わり、一種異様な雰囲気を醸し出していた。

 その祭壇で自ずと膝立ちになりながら、スゼルナは手にした剣鞘へと視線を落とした。

「これは……?」

 脳裏に蘇ったのは、この剣を手にした際のやり取り。

 ラグルが差し出した長剣に、スゼルナは訝しげに眉を顰めながら尋ねた。

「貴女がいくら体術に優れているとはいえ、やはり丸腰では不便でしょう。わたしの剣をお貸ししますよ。貴女なら、扱えますね?」

「え……っでも、その剣を私が預かってしまったら、ラグルさんが困るんじゃ?」

「ご心配は無用です。わたしには魔法の心得も、もちろん剣のスペアもありますから。ああ、それと、貴女の髪と瞳は、この辺りでは目立ちすぎますね。隠した方が良い」

「あ、はい」

「わたしが何か用意しましょう。一緒に、衣類や食料もね。いつ追っ手がかけられるやも知れません。警戒を怠らないように――」

 そう告げて、どこかに立ち去ったラグル。

(どうして、こんなにいろいろと気を配ってくれるのかな? ラグルさんは、私のことを知っていたみたいだし……。失った記憶の中で、あの人と私はどういう関係だったんだろう……?)

 仲間、友達、知人、恋人――一通り挙げてはみるものの、どれもしっくり当てはまらない気がする。知らず、苦笑が浮かんだ。

『――……ている、スゼルナ』

 再び耳の奥を擽る、一つだけ残されていた言の葉。ラグルではない、低く甘美に艶めいた声音。

「あなたは、誰……? 誰なの……? 私は、これからどうしたら――……」

 剣鞘を脇に置き、空いた両腕で自分をギュッと抱きしめる。黄金の瞳が、込み上げてくる憂いに沈み、呟いた唇がそのまま何かを紡ごうとして――すぐに鎖された。

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