表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
2/87

1.始まり

 消える、消える――儚い、泡沫(うたかた)の夢たち。



1.始まり




 晴々とした空だった。抜けるような蒼穹、雲の一つもないそれは、まるで二人の門出を祝福しているようで、スゼルナはせめても――と、心からの祝福を二人に贈っていた。

 手にした籠から、掌一杯に掴んだ白い花びらを模した紙吹雪を、風に投げては笑顔で拍手をする。村の女性陣と同じような行動を取りながら、彼女の視線は対照的な二人の表情を捉えていた。

 花婿は満面の笑みだった。それなりに整った顔立ちには締りのない口元と、ギラギラ輝きを放つ両目、その手は花嫁の腰に回されたり、時には堂々と彼女の形の良い膨らみを鷲掴みにしたりと、スゼルナの目には彼の大仰ぶりが酷く不快に感じられた。

(コア……)

 と、心中で名前を呟きながら、チラリと彼の横へと視線を向ければ、花嫁の姿。煌びやかなウェディングドレスに身を包み、幸福絶頂のはずの彼女の(おもて)は、生気のない人形のように蒼白だった。

「無理もないわよね」

 不意にかけられた声に振り返れば、こちらに歩み寄る少女が一人。栗色の髪を揺らし、燃えるような紅の瞳を細めた少女――エスィカは、ふぅと吐息をつく。

「好きでも何でもない、しかもよりによって自分にしつこく付きまとっていた男と、結婚させられるんだもの。……喜べるわけないわ」

「エッちゃん……」

「私たちのご先祖様――光の神オルティス様も、愛し合っていた恋人と結ばれることなく他の女性とこのオルトを形成されたって聞くし、皮肉なものよね」

 腕組みをしながら語られる内容に、スゼルナはギュッと胸の前で手を握った。

 このオルトの村に伝わる、哀しい恋の物語。耳にする度、どこか奥底が締め付けられ、じわりと疼きにも似た痛みが(はし)る。

「ま、でも実際、コアもコアだとは思うけどね。外の男と駆け落ちしようとするなんて、無謀としか言いようがないもの――自業自得だわ。あたしには理解できない。この村では掟が絶対なのに」

「そう、だね」

 スゼルナはそう相槌を打ちながら、再び花嫁へと視線を戻した。

 コア。とても馴染みの深い名前、だった。それほど歳の変わらない彼女は、兄弟のいないスゼルナにとって可愛い妹分のような存在で、幼い頃からの仲間だった。そんな彼女が引き起こした事件。

 あの夜は、まだ記憶に新しかった。村の長である祖父の下へ、血相を変えて飛び込んできたのは、その日見回り当番だった村の男。スゼルナはちょうど夕食の片づけで、キッチンとリビングを行き来しており、会話の一部を聞き取れただけで、そんなに内容を把握出来たわけではなかったけれど。男の声の雰囲気、淡々と語られる祖父の面差しが印象的できっと大事な話をしているのだろう、と漠然と思っていた。

「我々の血を――世に広めるわけにはいかん」

「何とかならないものですか? 血、といってもコアは末端の……」

「濃い薄いの問題ではない……。直系の儂やあの子だけ、縛られれば済むのか? そうではなかろう。重要なのは、掟の存在そのもの。特例を許すわけにはいかん」

「そう……ですね」

 それから、幾つか言葉を交わした後、男は再び闇の中へと消えていった。それをジッと見送っていた祖父の横顔が、何とも言えず寂しそうな苦しそうな色を滲ませていて――。

 スゼルナは、その表情がしばらく経っても忘れられなかった。

 そして、その後すぐに知ったのが、コアが外の男と駆け落ちをしようとした――という耳を疑うような内容だった。

 時を置かずして戦士団に保護された彼女に、この村が下した処罰。それは、一生をこの村で過ごし、生活の自由、恋愛の自由――全ての権利を村に差し出すこと。その後すぐに彼女は、村の者と添い遂げるよう指示が出され、宛がわれたのが――彼女に付きまとい、彼女に嫌悪感を抱かれていた男。

 それが、今彼女の隣に並ぶ花婿だった。

(どうしてコアは――掟を破ってまで外の男の人と……? エッちゃんじゃないけど、私もあの子の行動が理解出来そうにない。村の外の世界なんて憧れるだけで十分だもの)

 スゼルナの黄金の瞳が、僅かに(かげ)りを見せた。

(この村に女として生まれた以上、この村の男の人、それか村の定めた人と結婚をして、家庭を作る――それがもうずっと昔からの変わらないしきたり、て教えられてきた。それは男の人も同じ――)

 視線の先で、花嫁が緩々と後ろを向くのが見えた。その周りを、村の女性陣がワッと囲む。その中に栗色の髪が交じっていることに気づき、スゼルナは小さく苦笑した。

(恋、なんてまだよくわからないけど……)

 花嫁の手から、ブーケが放たれた。女性陣からは黄色い声が上がり、我先にとそれに群がっていく。

(私もいつか……オルトの村の誰かと、結婚するのかな? その誰かに恋をして、嬉しいことや楽しいこと、悲しいことや苦しいこと、全部一緒に共有して、そして――)

 と、不意に強い風がその場を攫い、ブーケが中空へと舞い上がった。女性陣からは悲鳴が上がり、スゼルナも思わず手の甲で目蓋を覆う。風は、彼女の黄金の髪や服の裾を一頻り揺らした後、フッとかき消えるように立ち去った。

 ほうっと安堵の息を漏らした彼女の視界に、紫の色が飛び込んできた。無意識に両手を伸ばし、それを受け止める。フワッと芳しい香りが、彼女の鼻腔を(くすぐ)った。

「ブーケ……?」

 それは次の花嫁に渡される、空からの贈り物――この一帯でよく見かける紫の花で作られた、可愛らしいドライブーケだった。周りの女性陣からの羨む声や恨みがましい言葉が耳を掠める中、彼女は戸惑いに揺れる黄金の双眸で、手のそれと周りを交互に見やる。

 すると、エスィカがスゼルナに駆け寄り、その肩をバンと叩いた。

「やったじゃない、スゼ!」

「エッちゃん……。でも私、困るよ。まだ、好きな人もいないのに。他の人が貰った方がいいんじゃないかな? マフィナ、プロポーズ間近みたいだし、ソラーニャは熟年カップルの雰囲気がすごいし、彼女たちの方が……」

「あんたが気にするようなこと? 次の花嫁になれるっていう、一種のおまじないみたいなものじゃない。素直に貰っておけばいいわ。それに、案外そんなに間を置かずに、あんたが誰かと結婚ってなるかもしれないわよ?」

「え……っ」

 その言葉は、予想にもしていなくて――不意をつかれたような驚きの表情で、スゼルナは両目を何度も瞬かせた。



 遠くで、花婿と花嫁の誓いの口付けが見える。夕闇が迫り視界一帯が橙に包まれ、この結婚式も終わりに近づきつつあるようだった。

 不意に吹き抜ける風に、スゼルナの金糸が宙へと攫われた。手の中のブーケから、紫の残滓が何枚も舞い上がり、美しい彩が風と共に流れていく。

 それをぼんやりと眺めていた黄金の瞳が、柔らかな輝きに包まれた。

(結婚、か……。でもその前に、相手がいないと始まらないよね)

 漏れ出す、小さな笑み。

(村の決めた人、でもいいけど……。やっぱり自分から好きになってみたいな、本気で)

 ブーケをギュッと強く抱きしめながら、その香りを胸一杯に吸い込む。

(誰かを、いつか――)

 ちょうどその時、視界に飛び込んできたのは、物々しい出で立ちの若者。瞬間、村に一つしかない警鐘が、けたたましい音を打ち出し始めた。



   ***



 巻き上がる風に乗り、滴るのは記憶の奔流。

 その中を悠然と揺蕩(たゆた)いながら、あとからあとから溢れ出す彼女の思い出の欠片たちに触れ、必要のない情報を破壊していく。

 その度にピクン、と細い両肩が跳ね、金糸が闇夜に揺れる。それに手を伸ばし軽く梳きながら、その後ろ髪に掌を回す。

 再び縫いつけた視線の先で、薄ぼんやりと煙った黄金の瞳に、月光が映える。

 そういえば、と不意に思い出したのは、初めて彼女を目にしたあの夜のこと。

 あの一瞬で囚われたのは、美しい双眸が放つ金色の光――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ