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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
19/87

6.変革の刻  (7)

 ――ふと、蹲っていた体勢から視線を上げてみれば、黒衣に縺れるようにヨシュアが剣を揮う絵図。一筋の剣閃が疾るが、手応えを感じなかったのか、黄櫨色(はじいろ)の瞳が小さく見開かれた。

「……つまらぬな」

 呟かれる、声。黒衣の腕が後方に流され、その手に集う闇の精霊たち。一瞬にして膨れ上がったそれが、ヨシュアに向けて放たれる。

「シェザード」

 迫る黒光を捻りながらかわすと、ヨシュアは反動を利用した斬撃を繰り出す。受け止めたのは、冷酷に笑みを灯した口元の傍――二本の指の間だった。

「なに……っ!?」

「――そうか、貴様だったのか。あの女に纏わりつくように感じていた、不穏な影……。そう、確か――ヨシュアと呼ばれていたな」

「何の話だ!?」

「フッ、貴様は知る必要のないことだ」

 不自然に歪められた、凄艶な表情。

 空いている方の黒衣の腕が、スッと差し出された。そこに絡みつくような黒炎が現れ、歓喜の声を上げるように猛り狂う。

「――ヨシュア!」

 放心状態だったスゼルナの面立ちに、ようやく意志が宿った。ともすれば脱力していく全身を奮い立たせ、駆け寄ろうとする彼女の眼前に見覚えのある短剣が、突き刺さる。

 立ち止まる彼女に横手から衝撃波が見舞われ、一瞥した端に映る濃紺色。辛うじて回避したスゼルナの目が、その短剣に釘付けにされる。黒く変色した柄部分を捉えた視界が、一挙に滲んだ。

(エッ、ちゃん……っ)

 再び襲う戦慄にグッと唇を噛みしめ、それらを押し殺すと顔を上げる。

 広がっていた光景は――やけにゆっくりと刻が流れる一幕だった。

 一枚絵のように、制止していた二人の男。貫くような一筋の黒閃が横切り、樺茶色の髪が大きく揺れ動く――その手から長剣が滑り落ちた。

 スゼルナの金糸が何度も何度も横に振られ、届くはずのない指先が懸命に伸ばされる。

「やめて……っ、おじいちゃん、エッちゃん……。これ以上、誰も失いたくない……! お願い、お願いだから……っ!」

 黒い炎がその残忍な(あぎと)を持ち上げ、捕捉した獲物へ牙を剥かんと咆哮を上げた。

「やめてぇええええ――っ!! ディアルクぅうううう――っ!!!」

 悲痛な叫びが、スゼルナの喉を潰さんとばかりに発せられた。

 美しいエメラルドに、酷薄な煌きが宿る。奏でられたのは、吐き捨てるような言の葉。

「消えろ……!」

 瞬間。黒炎が放たれ、一瞬にして樺茶色の髪を、全てをその口腔へと呑み込んだ。



   ***



 闇色の風が、金糸と黒糸を織り交ぜながら一挙に吹き上がる。

 消える、消える――儚い、泡沫(うたかた)の夢たち。

 最後に残されたのは、彼女にとっての大事な人々。

「おじいちゃん、村の、みんな……。ねえ、どこに、どこに行っちゃうの……?」

 うわ言のように流れ落ちる言の葉。

 疲労が濃く滲む顔立ちに、不意に差し込む寂寥(せきりょう)の陰影。

「ヨシュア、エッちゃん……どうして? いや……っ私を、置いていかないで……っ」

 消える、消える――儚い、泡沫の夢たち。

 掌の温もりに頬をそっと撫でられ、ビクリ、と細い肩を弾ませた彼女の双眸に映える、愛してはならないのに愛してしまった男――。

「ディア、ルク……っ」

 目の前の、細められた翠の瞳が、凄艶に彩られた面立ちが、見知らぬそれへと変わっていく。

 彼女の二つのトパーズが恐怖を(くすぶ)らせ始め、止め処なく溢れ滴る透明な軌跡。

「あなたは、誰? 私、どうなっちゃうの? 私が、消える……? やだ……っそんなのやだよ……っ。こわい、こわい……! だれか、たすけ――んっ」

 震える口唇が、優しく覆われる。

 陶酔が奏でられる中、最後の一片が、ゆっくりと彼女から抜け落ちていく。それに(すが)りつくように、彼女の手が虚空に伸ばされた。掴もうとした先には――美しい満月。

 ドクン、胎内の鳴動に華奢な身体が(たわ)んだ。弾みで唇の(かせ)が外れ、白い喉が大きく仰け反り、吸い込まれる、息。瞬間――。



 重なる、記憶の世界と現実の世界。

 金糸が舞い、黄金の双眸の淵に溜まっていた無数の煌きが飛び散る。紅唇から、押し破るように響き出したのは――声も嗄れるくらいの絶叫。

「いやぁぁあああああああ――――っ!!!!」

 スゼルナの内心で何かが弾け飛び、記憶の世界では、彼女の手に宿った光明が剣の形を模る。それを握り締め、前方を睨みつけた黄金の瞳に彩られたのは、憤怒。それに突き動かされるように、疾駆する。

 見定めた先には――濃紺色と漆黒が、それぞれ舞い上がった。

 現実の世界の彼女は――。一気に失った記憶の反動と衝撃で、薄れいく朦朧とした中を彷徨(さまよ)っていた。

「……愛している、スゼルナ」

 囁かれたその言の葉は、甘く切なく彼女を包みこむ。誰の声かさえ、もう既に思い出せなくなりながら――スゼルナは、やがて緩々と意識を失った。

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