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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【序幕】第一幕 『太陽と死神の輪舞曲』
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5.想いの果て (1)

 消える、消える――儚い、泡沫(うたかた)の夢たち。



5.想いの果て




 フラリ、とまだ安定しない足取りで、スゼルナは村へと続く道を歩き進んでいた。

(頭が重い……。お酒って、こんなに影響するものなの……?)

 額を掌で覆いながら、嘆息する。

 赤紫の液体を飲まされてからフッと意識が遠ざかり、その後の記憶が全くなかった。

 目が覚めた時には大木の傍で横たわっており、緩々と周りを見渡したものの、探し求めた姿は既になく、残されていたのは全身を包み込むようにかけられていた、黒の外套。まだ彼の匂いが感じられるそれを腕に纏わせギュッと抱きしめてから、スゼルナは綺麗に畳み置くと帰路についた。

 夕闇が迫り、徐々に広がっていく仄かな明かりたちを視界に捉え、ようやく村に着いたことに安堵が漏れる。と、光を背に村の入り口辺りに佇む影に、スゼルナは気がついた。

「エッちゃん?」

 栗色の髪、赤の瞳を差し込む橙の色に染めながら、彼女もスゼルナを視界に捉えたらしい、手を振り駆け寄ってくる。

「お帰り、スゼ。お昼前にうちの酒場に顔を出してから姿を見かけなかったし、どうしたのかと思ってたんだけど、外出してたのね」

「うん、ちょっと森の方まで行ってたんだ。お昼ご飯を食べてウトウトしていたら、いつの間にか眠ってしまったみたい。こんな時間になるなんて思ってもいなかったから、ごめんね、エッちゃん。私に、何か用でもあったの?」

「ううん、別に大したことじゃないわ。あんたが選んで持ってったお酒、すごく度数の高いワインだから、くれぐれも一気に飲むなよって父さんが。あら? あんたのバスケットに入っている瓶、それって……」

 エスィカの手が、スゼルナの腕に提げられた茶色の籠の中へと消える。引き出された先には、空になった瓶。それを目にしたスゼルナの表情が、サッと硬直した。

「あ……」

「どういうこと? 今日の昼前に渡したばかりなのに、全部飲み干しているなんて……。お酒に弱いあんたがこんなに飲むなんてありえないし、しかも外から帰ってきたってことは、もしかして――村以外の誰かと関わっているわけ?」

「……!」

 問いかけに、一瞬で青ざめるスゼルナ。その変わりぶりを訝しげに眺めていたエスィカの赤の瞳が、ある一点を凝視した。途端、見る間にその面積を広げていく。

「スゼルナ、あんた、その首の痕って……!」

「首……?」

 弾かれたように、スゼルナの指先が首元に伸びる。それを押さえつけたエスィカの顔がググッと迫り、スゼルナは困惑に瞳を揺らしながら、彼女の名前を呟く。応えたエスィカの声は、若干だが震えていた。

「これって……キスマークよね?」

「え……っ」

 黄金の瞳が、その聴きなれない言葉に見開かれていく。

 ありえないとばかりに何度も首を振り、エスィカは一歩二歩と後退しながら、キッと眼差しを鋭くした。

「すぐには信じられないけど、あんた、やっぱり……! 酒場に来た時から、何だか様子がおかしいとは思っていたわ。外部の人間と接触しただけじゃなく、その相手は男……。しかも、キスマークをつける間柄だなんて! これがどういうことか、あんた、わかってやっているんでしょうね!?」

「…………」

「そうよ、こうしちゃいられないわ。長老様、長老様に知らせなくちゃ……!」

「ま、待って、エッちゃん!」

 ハッと我に返り慌てたスゼルナの手が、村の中へと(きびす)を返したエスィカの手首を掴み、制する。振り返った憤怒の形相が、黄玉を冷たく見据えた。

「止めないでよ! これは、この村に対する立派な反逆行為……! いくら長老の孫娘のあんただからって、そう簡単に見過ごせるようなことじゃないのよ!?」

「わかってる、わかってるよ、エッちゃん……! でもこんな気持ち、私も初めてで――自分でもどうしたらいいのか、これからどうしたいのか、よく、わからないんだ……!」

「スゼ……?」

「ごめん、エッちゃん。私も、なんでこんなことになったのか、すごく混乱してて……」

 動揺を隠せず、金色を困惑に揺らすスゼルナの脳裏に過ぎったのは、終始笑顔を見せることはなかった、純白の花嫁の辛そうな横顔。

 キュッと、拳が握られた。

「あの時のコアも、こんな気持ちだったのかな……? やるせなくて、自分ではどうしようも出来なくて、それでも自分を偽れなくて……。今ならあの子が抱えていた苦しみを、少しは理解してあげられるような、そんな気がするんだ」

 視線を逸らしフッと小さく笑うスゼルナに、エスィカはグッと唇を噛みしめた。緩々と開かれたそこから漏れ出したのは、呻くような声音。

「……馬鹿な真似はしないのよ? スゼ」

 その念押しに、寂しそうな表情が、コクリと首肯された。

「うん、わかってる。大丈夫だよ、エッちゃん。『許可なく外部の者と接触した場合、それがもし恋愛関係にまで発展していたとしたら、一生この村での軟禁生活。全ての自由を差し出し、常に監視下に置かれる』――掟は絶対だもんね。自分で招いてしまった責任はちゃんと取るつもりだから」

「そこまでの覚悟があるなら……いいわ。あたしも猶予をあげる」

「え……?」

「長老様には、黙っておいてあげるって言ってるの。感謝しなさいよ? でもその代わり一つ頼まれて欲しいことがあるのよね」

 小首を傾げるスゼルナに、耳貸して、と告げると、エスィカは声を(ひそ)めて何事かを囁き始めた。と、その内容に、スゼルナの眉が徐々に顰められていく。

「え、でも、それって……」

「いいから。あんたはあたしの言うとおりに動いてくれたら、それでいいわ。長老様に、知られたくはないでしょ?」

「そう、だけど……。うん……わかった。やってみるね、エッちゃん」

 真剣な眼差しで両肩を掴んでくるエスィカに、多少戸惑いに揺れながらも、スゼルナはぎこちなく笑みを浮かべ、了承した。



 次の日も快晴だった。雲ひとつない青空、そんな澄み切ったそれとは対照的に、村の中心にある小高い丘の上で佇むスゼルナの表情は、曇りがちだった。

(何だか、気が進まないな……。これじゃ、ただ利用するだけみたいだし……。でも、やらないと、あの人にもう二度と逢えなくなってしまう。ううん、近いうちにそうなってしまうのは確かだけれど、せめてもう一度……)

 あの低い声で名前を呼ばれて、あの温もりに包まれて、そして――。

 そこまで考えて、ふとあることに思い当たったスゼルナは、一度、二度と瞳を瞬かせると、クスッと笑みを漏らした。その頬が、仄かに染まる。

(そっか……そうだったんだ。私、あの人のことが――……。まだ逢って間もないのに、どこに惹かれたんだろう? 容姿? 声? 性格……はさすがにないかな、ふふふ)

 一つ一つを思い出しながら、スゼルナは幸せそうに目を細めた。

 両手を後ろに回し軽く胸を逸らすように身体を伸ばすと、爽やかな青がすぐ傍に迫る。その色が、フッと彼女の中だけで変貌した。それは、さながら美しいエメラルド。

(翠の、瞳……。綺麗で、いつも強く激しく輝いているあの瞳。それなのに、たまに見え隠れする、あの寂しそうな光は何だろうって――そうだ、あの人に会った時から、それが気になって気になって――いつの間にかあの瞳に囚われていたんだ、私)

 でも――そう続きそうになった思考が、徐に停止する。スゼルナは、胸の前で手を握ると、一つ深呼吸を落とした。

 視界に捉えたのは、樺茶色の髪。ブレストプレートと腰に吊るされた剣鞘が、太陽の照り返しに鈍く煌く。ヨシュア、名を呼ぶスゼルナに気づいた黄櫨色(はじいろ)が、柔和に綻んだ。

「すまない、待たせてしまったか?」

「ううん、そんなことないよ。私も、さっき来たところだから。私こそ、戦士団の方が忙しいのに、突然呼び出してしまってごめんなさい」

「いや、今ちょうど交代で休憩に入ったところだから、気にするな。おれも……その、おまえに聴きたいことがあったしな。で、おれに用ってのは?」

「あ、うん、ちょっと待ってね」

 キョロキョロ、と辺りを見渡していたスゼルナが、あ、と小さな呟きを漏らした。右の手が忙しなく振られ、心なしか緊張を帯びたような彼女を眺めてから、ヨシュアもまたそちらへ視線を巡らす。その顔立ちが、僅かだか硬直を帯びた。

「エスィカ……」

 現れた第三者の名を口にしながら、ヨシュアの目元に何本もの苦渋のような線が刻まれる。普段の勝気な表情を押し殺し、殊勝そうな彼女を捉えながら、彼は嘆息した。

 そんな二人を交互に見やりながら、スゼルナは不意に流れ始めた異様な雰囲気に疑問符を浮かべた。

(なんだか様子がおかしいような気がするけど……二人の間に何かあったのかな? エッちゃん、ヨシュアに伝えたいことがあるから彼を呼び出して欲しいって、自分じゃ出来ないからって……エッちゃんらしくないなぁとは思ったんだけど)

 幼馴染であるヨシュアとエスィカ。どちらも子供の頃からの大切な友人で、どちらもかけがえのない存在。

(だけど、今は――。ごめんね、ヨシュア)

 ヨシュアを見とめた黄金の瞳が、辛そうに歪む。躊躇いながらも、スゼルナの口からは頼まれていた通りの台詞が飛び出した。

「そ、そうだ! ごめんなさい、私、おじいちゃんに用事を言いつけられていたんだ!」

「スゼルナ……?」

「あ、そうなの? 長老様の用事なら、そっちを優先した方がいいわよね? なら、仕方がないわ。行ってきなさいよ、スゼ」

「うん。それじゃあね、エッちゃん、ヨシュア!」

 背を向け、走り出しながら手を振る。

(今日は、家で過ごそう……。森に行けないのは寂しいけど、何度も理由なく外出していたらおじいちゃんだってきっと怪しむに違いない。早く、帰らなきゃ)

 この前は突然、ごめんなさい――若干震えを纏ったような声が耳を掠めた、そんな気がしながら、スゼルナは足を動かすことに意識を専念させると、丘を一気に駆け下りた。

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