乙女ゲームに転生したライバル令嬢はヒロインをしっかり育て上げたい
私が乙女ゲームの世界に転生したと気付いたのは、本当に何の変哲もない日だった。物語で典型的な"頭を打った"とか、"生死を彷徨った"とか、"王子とお見合いをした"とか、そんな刺激的な体験は何もなかった。学園に入る前の家庭教師による教育の一貫で貴族名鑑を扱った。その夜の夢に出てきたのだ。乙女ゲームの内容が。そして、夢の中で記憶が整理されて次の日覚えていた。
こんな地味な異世界転生ってあるのね?
ちなみに私の前世はごく普通の学生生活を送り、少しブラック寄りではあったもののごく普通の会社勤めだったため俺TUEEは出来ない。よくある内政チートも出来ない。
料理やパン作りなどは趣味ではあったが、それは現代のオーブンやらガスコンロやらがあったから出来たのであり、中世ヨーロッパっぽい世界観で出来ることはない。
このゲームは悪役令嬢の使い回しが酷過ぎて話題になっていた。どのルートを選ぼうと同じ悪役令嬢が立ち塞がる。元々王太子殿下の婚約者候補なのだけれど、それ以外のルートでも立ち塞がるのだから、根性がすごい。
一部ではよっぽど締め切りの設定がギリギリだったのだろうかと同情までされていた。
この悪役令嬢はかなりバイタリティに溢れていて、嫌がらせも叱責のレパートリーも豊富だ。最終的には国外追放、投獄、修道院、労働刑と様々だった。処刑はなかったが、何らかの処罰を受ける辺り制作者執念を感じた。
私はこの乙女ゲームのヒロインでも悪役令嬢でもない。モブでもないのだけど、言うなれば中ボスだろうか? 私の婚約者候補が相手の時にのみ登場するライバル令嬢だった。
私は未熟なヒロインの前に立ちはだかり、マナーや勉強の指導をする。ヒロインは泣きそうにもなりながら、叱責にも負けずに努力する。時には理不尽にも思えるような叱責にも負けないその努力にいつしか感銘を受けていく。そして私は立派に成長すれば彼女を認めて、身を引く立場であった。賛否はあるだろうが、私はあくまで候補であり婚約者ではなかったのでヒロインは略奪という誹りを受けることはなかった。
俗に言う断罪イベントでは王太子殿下に責められるものの、「私は彼女を指導しただけですわ。そして彼女はその指導に応えた。私は彼女を誇りに思います」と気高く告げ、ヒロインも私に対して感謝する。そして友情ルートへと到達するのだ。勿論悪役令嬢は嫌がらせの代償に断罪される。最終的にはオチ扱いされていた。
よかった。悪役令嬢をやれる自信はなかったが、ライバルなら出来る気がする。ヒロインを避けることも考えていたが、私には致命的な問題があった。
そもそもヒロインが誰だか分からないのだ。このゲーム、制作者が疲れていたのか、締め切りギリギリだったのか分からないがデフォルト名が"名無しの権兵衛"だった。プレイ主が好きに名前を決めればいいのだけど。
今どき珍しい"名無しの権兵衛"である。明らかに中世ヨーロッパもどきの世界観なのになぜ?
ちなみに貴族名鑑で"名無しの"という名字がないことは調査済みである。
物語もヒロイン視点で進んでいたし、ヒロインに感情移入しやすいようにと顔はぼやけていたため判別のつけようがない。強いて言うならば、絶世の美女ではなく光る原石というくらいか。
ヒントは男爵令嬢という身分と攻略対象者からの褒め言葉だ。
「君は明るくて太陽のようだね」
「その微笑みはまるで夜明け前の聖堂に差す光だ」
「君の声は竪琴よりも甘く響く」
「その瞳は宝石よりも輝いているね。王家の財宝よりも素晴らしい」
なるほど、なるほど。太陽のようであり、聖堂に差す光のようでもあって、声は甘く、瞳は宝石よりも輝いてる、と。いや、そんな抽象的な表現で分かる訳ないでしょう!
要するに私は"名無しの権兵衛"であり、"のっぺらぼう"であるヒロインを探さなくてはいけないのだ。もう向こうから来てもらうほかない。学園は3年間なのでもうこうなったら楽しむだけだ。どんとこい!
さすがにみんな避けてしまったなら、私の社交性が問題ありと評価されて将来に響いてしまう。とりあえずやって来る子それぞれに指導することにした。
悪いところ、良いところ、こうすればもっとよくなる、と。改善されたら褒めることも忘れない。
(あれ? これってただの新人研修では?)
学生時代のアルバイトでも後輩教育を任されていたし、社会人でも研修担当になっていたから、中途半端は性に合わない。長女でもあったし、頼られると血が騒ぐのだ。
褒められちゃった、と嬉しそうに友人と去って行く後ろ姿は、悪役令嬢に叱責されたヒロインとは到底重ならなかった。ちなみに先ほど来ていた子は十五番目のヒロイン(仮)である。
薄々気付いてはいたのだけれど、ヒロインが大量発生している訳ではなく私に指導されたい子が大量発生しているのだ。
それもこれも全ての元凶はあの子だった。ちなみにこの子は男爵令嬢ではないので、ヒロインではないと思う。その子は一番最初に指導をした子で、今となっては私の自称・取り巻きと化している。普通に友人がいいのだけれど畏れ多いと聞いちゃくれない。
この子境遇はヒロインらしいのだけど、伯爵令嬢なのだ。身分が高過ぎる。元々庶子であったため平民として暮らしていたが、後継ぎの身体が弱いということで引き取られることになった。
しかしまともな教育を受ける前に学園に入れられてしまい、果てしなく浮いていた。もう少し下の身分であればそれとなく指導してくれた者もいたかもしれないが、中途半端に高い身分だったせいで避けられてしまっていたらしい。
見様見真似で周囲のマナーを真似してみるも、途方にくれていたところを私がたまたま指導して気に入られてしまったのだ。
それ以降ヒロイン(仮)を斡旋して来るようになったのだ。私別に好きで導いている訳でもないのだけど。慕われるのは嬉しいので拒否はしない。
先生にも「精が出ますね」と生温かい目で見られている。やっぱり違うのではないかな。不安になりつつも、断罪されないのであればそれはそれでいいのかもしれない。
ちなみに悪役令嬢は、断罪を意識して過度にみんなに親切になることもなく、誰かを苛烈に虐げることもなく、高位貴族らしく鷹揚に構えていた。学年が異なりあまり関わりがなかったので、彼女が転生者だったのか、ヒロインがいなかったから虐めをしなかったのか、正直なところはよく分からなかった。ただ知っている限りだと、王太子殿下に毎日よく話し掛けに行っていたので婚約は乗り気らしいということくらい。
悪役令嬢よりも王太子殿下の方が関わりがあった。当代の生徒会に選ばれたためだ。殿下の代を引き継ぐ形での就任であったので完全に重なった訳ではないが、半年は一緒に活動をしていた。
うちの学園の生徒会は、1年生の後期に先生に推薦され半年間の研修期間を経て適性が認められれば生徒会会長の推薦で本決定となる。2年前期から本格的に活動して後期になると後輩教育も入って来る。そして後輩が役職に内定すれば3年前期に引退でお役御免となる。
殿下は"完全無欠の王太子"と噂されていたが、その名の通り隙がなかった。仕事も出来るし、話も上手いし、後輩にも丁寧だったが、やはり壁があった。うちの代が結構緩めで仲が良かったこともあって、何がきっかけだったかは分からないが、段々と雰囲気は緩和されていったけれど。光栄なことに生徒会長を引き継ぐことになったので、最後の方は普通に話すようになった。
生徒会室にたまたま来ていた悪役令嬢から視線を向けられたことはあったが、敵意を抱かれたことはなかった。
卒業パーティーまであと半年かという頃、婚約者候補の家から婚約の話は白紙に戻してほしいと連絡があった。元々彼は年上で学園時代は手紙以外でほとんど交流がなく、卒業後に交流を深める予定だった。
この展開が来たということは、私が気付かなかったがやはりヒロインがいたのかもしれない。
もうヒロイン候補は20名に達していたので、誰がヒロインであったのか答え合わせが楽しみだった。喜んで譲ろうじゃないか。
まあ、既に婚約者候補ですらないのだけれど。
卒業パーティーは生徒会が執り仕切る大舞台である。王太子殿下を始めとして、お世話になった先輩が卒業されるので一瞬たりとも気が抜けなかった。式次第の取り決めも、来賓への気配りも、祝辞の内容構成も、卒業生へのお祝いも、例年の雛形があるとはいえ全く同じでいい訳ではない。数ヶ月掛けて話し合いやっと形になったのだ。
今考えればここで婚約者破棄とか正気を失っているとしか思えないわよね。若気の至りで許されない。いい迷惑でしかないし、卒業生だけでなく生徒会にも泥を塗ることになる。とんでもない卒業パーティーを執り仕切った生徒会として、ずっと汚名がついて回るのだろう。
あれはやはり物語だからこそ面白いのだ。
ヒロインはいるのかもしれないが、苛烈な虐めはなかったはずだし、私の行為だけを虐めと断罪するのはさすがにナンセンスだろう。そして断罪をするのは殿下なので、私に注意するのであれば個人的にすれば良いのだ。それだけの関係性はできている。それならば滞りなく進むかどうか卒業パーティーを見守って、後日婚約者候補の婚約の結果を追えばヒロインは自ずと分かるのではないだろうか。
卒業パーティー当日、来賓を迎えつつ優雅に見えるように振る舞いつつも慌ただしくしていた。音響やライトの最終確認も欠かせない。いくつかトラブルはあったものの、ここまでは目立った問題なく進行していた。
大体式次第の通りに進み、最後の理事長の言葉で終わりを迎える。歓談も盛り上がっているし、そろそろと言った頃合いだった。
(やはり、問題を起こすとしたらこの方だったか)
卒業生は成人を迎えているのでアルコールは摂取可能となる。初めて飲まれる方も多いので、たまにハメを外す方も数名出る。
「殿下。ご卒業おめでとうございます」
王太子殿下と悪役令嬢が相対した。みな自然と視線がそちらに向けられる。とうとう婚約が決まったのか、とみな好奇心で彩られていた。
「ありがとう。君も卒業おめでとう」
「私たちのめでたいお話も、そろそろ進めてもいい頃ではございませんか?」
酔っているのか、珍しく猫撫で声をしていた。素面であればさすがにここでその言葉を出すことはなかったと思う。王家に縁談を進めるように促すのは人前でやることではないし、家臣の方から話し掛けることでもない。娘からなど論外過ぎる。普通なら王家からの話を待つべきだし、痺れを切らしたとしても、どのように取られても良いように逃げ道を残しながら下手に出るものだ。
「ヴィオレッタ・フォン・ローゼンベルク。君は王家の判断にケチを付けるつもりかい?」
殿下の言葉こそ柔らかいものだったが、視線は鋭く声色はゾッとするほど冷たかった。
悪役令嬢ヴィオレッタもさすがに殿下の不興を買ったことに気付いたのだろう。一気に顔が青ざめて行く。
「ですが、私が殿下の婚約者候補であることは周知の事実のはずで」
「確かに学園に入った頃はそうだったね」
「そうです。私は」
「それで、君は何をしたんだい?」
「何をした、とは?」
殿下は深く息を吐き出す。呆れていることが分かる仕草だ。大した音量ではないのに、みな引きつけられて息を呑む。パフォーマンスとしてかなり効果的だった。空気がまた一段階冷えた気がした。やはり"王太子"殿下なのである。
「だからね、君は将来的に王妃となる身として、自分の派閥を広げたり、反対派閥の者と交流を深めたり、寄子の世話を焼いたり、将来有望な者に声を掛けて青田買いをしたり、何もしなかったのか?」
「交流はしましたわ」
この殿下に怯みながらも反論するヴィオレッタは強心臓だ。自分に向けられている訳でもないのに胃がキリキリして今にも失神しそうな人たちで溢れているのに。
「自分の派閥内だけか、他を招いても権力を誇示するようなもので交流とは程遠いと報告を受けているが?」
「それは報告が誤っているのです」
「なるほど、王家の影を疑うのだな?」
どんどん墓穴を掘って行く。このまま行くと地獄への扉が開きかねない。誰か止めてあげて、と心から願っていれば慌てて近付く彼女の父親の姿が見えた。ふと殿下と視線が絡まった。殿下は目元を少し和らげると、困ったように公爵を見た。
「ローゼンベルク公爵はどうするつもりだ?」
さすがに終わらせようと努力してくれるらしい。よかった。まだ立て直せる。結構難しいけれど、まだお酒のせいにできる。まだ、まだ、まだ。
「大変申し訳ありません。娘の教育が足りませんでお恥ずかしい限りです」
無理だった。
公爵は意図を汲み間違えた。殿下の目が座る。
「婚約白紙は2年も前に知らせたはずだ。なぜこの娘は勘違いを続けている? 公爵はきちんと説明したのだな?」
「は、はい。勿論でございます」
周囲はざわめいた。つい先程までヴィオレッタは婚約者候補としてあちこちで振る舞っていたからだ。婚約者と仄めかしていることすらあった。
これは残念だけど終わったわね。
「今日はめでたい場だ。この場に限って不問に付す。ただこれ以降また同様の"勘違い"をするようなら、その時は分かっているな」
まさに首筋にナイフを突き付けられているようなこの感じ。これで対抗できる人なんていないだろう。
「殿下!!!」
いた。
「浮気していたんでしょう。そうなんでしょう。障害はなくなったはずなのに。私という者がありながら好んだ者が出来たから、切り捨てただけでしょう。この浮気者」
そして、やっちゃった〜!!!
もう目を向けられない。卒業パーティーの空気は既に氷点下であった。可笑しいな。この世界誰も魔法使えない筈なのに、エアコンもない筈なのに、こんなにも一瞬で空気が冷えるなんて。
殿下が身じろぎした瞬間、どこかに控えていた者たちが彼女と父を拘束して行く。口汚く罵る姿は高位貴族とは到底思えなかった。
この空気、どうするよ。
生徒会のメンバーに視線を向けるが、誰もこちらを見てくれない。まあ、生徒会長の私しかいないよね。どうにか言葉を絞り出そうとして深呼吸をすれば、殿下が手で制するのが見えた。
「この度は私の話題でめでたい卒業パーティーを壊してしまって申し訳なかった。ここでまだ公表するつもりはなかったが、せっかくなので説明をさせていただければと思う。
まず、ローゼンベルク嬢とは1年の後期が終わった頃には既に婚約者の候補から撤回されていた。これは先程の騒動で分かってもらえたと思うが、彼女の姿勢が王妃に適していないと判断されたからだ。国王陛下からも学園で見込みのある人物を見つけ出すように厳命を受けた」
殿下は周囲を見渡して、力強く伝える。みな少し熱を帯びて来る。次に来る言葉が分かっていたからだろう。目が合った。合ってしまった。
「私は陛下に一人の女性を推薦した。そして調査の結果彼女は適任と判断され、彼女の両親に婚約の打診もした。彼女の両親は"大変光栄だ"と答えた上で、"本人の意志も大事にしたい"とも言っていた」
これは彼らの言葉に反してしまうかもしれないが、と話しながら近付いて来る。殿下は私の前で立ち止まった。周囲が見守る中、殿下は懐から小箱を取り出す。入っていたのは指輪ではなく、王家の紋章入りの懐中時計だった。王位継承者の証だ。
「身分差を問わず、学生に成長を促す姿に感銘を受けた。君こそ王妃に相応しいと考える。この懐中時計を君になら託せる」
この懐中時計は王家で王子が生まれると作られる特注品だ。デザインも王子ごとに異なり、ただ一つとして同じものは存在しない。
過去有事があった際に、国王陛下の名代として王妃が人民の前に立った時これを首から掛けて演説を行ったこともあった。国王陛下の意思を貫き通すために議会と真っ向から反発した時も、これを掲げていたという。歴史の転換期の端々に見受けられる大事な遺物だ。
そんな重い物をこんな場所で託されても、困ります!!!!としか言えない。周囲は盛り上がりに盛り上がっている。私の自称取り巻きなんて周りを焚き付けて祝う気満々だ。いや、ヒロイン(仮)たちがみんな期待の眼差しで眺めて来る。嘘でしょう?
「外堀を埋めなければ動けない情けない私だが、どうか私と一緒にこの国を背負ってくれないか? 私と結婚してほしい」
真っ直ぐな目で見つめられて、息が止まった。異性として意識したことがないと言えば嘘になる。だからこそ困る。容姿だって、性格だって、この腹黒さだって好みど真ん中だ。だけれど、ここまで外堀を埋めまくって私に委ねるってそんなことってある?
これはパフォーマンスだ。私は嬉しく感じてしまうことにいささか悔しく思いつつも、返せる答えは一つだった。
心から安堵した表情に、胸がギュッと鷲掴みにされた気分だ。手を取られて中央に進んでいく、ますます大きくなって行く歓声に応える殿下にハッとした。待って、これってどこからが計算なの?
手に力が入る。殿下をふと見上げれば、本当に優しい目でこちらを見ている。私が不安になったと思ったのか、「手を振ってくれればそれで大丈夫」と耳元で囁かれる。
そのやり取りにも更に口笛が飛んだ。女は度胸とばかりに表情を作り、手を振りかえす。みな笑顔に溢れていた。
「あの笑顔は君が作ったんだよ」
先程のヴィオレッタに相対してた人とは思えない程、優しくて甘い声に首を傾げる。
「君は根気よくみなに声を掛けていたね。身分も関係なく、見返りも求めなかった。君の期待に彼らは応えたくなった。みな努力し、君はその努力を認めた。高位貴族を恐れていた低位貴族は親しみを持ったし、低位貴族の頑張りを他の高位貴族も認めずにはいられなかった。その結果今期の学園は、退学者が稀なくらい少なかった。マナーや勉強に追いつけず、留年になる者も少なかった。私も君の高潔な行いに、襟を正さずにはいられなかった」
色々と誤解が酷すぎる。過大評価が過ぎる。しかし、この歓迎ムードが私のヒロイン達から広がっているのは否定しようもない事実だった。
「確かに最初は私の行いから始まったかもしれません。それでもここまで広がったのは彼女たち、彼たちの努力によるものです。私だけでは」
「そうだね。でもその影響力が上に立つ者には不可欠だと思っているよ」
歓声をくぐり抜けて退出した。理事長が頷いたから、彼が上手く締めてくれるらしい。この賑やかさは当事者がいたら収まらないと判断されたのだろう。
「さて、エレオノーラ」
「はい」
「君は先程の俺の振る舞いをパフォーマンスだと思っているのではないか?」
「まあ、少しは。そうですね」
「あれがパフォーマンスだったことは否定しない。だが、俺の気持ちだけは本物だから。ゆっくりでいいから、受け止めてくれると嬉しいな」
殿下と目を合わせれば言葉は優しいものの、目からは何らかの圧力を感じる。やっぱり、私は捕まったのだろうか。
数日後私は正式に王太子の婚約者として内定した。概ね受け入れられているようだ。本格的な教育はこれから始まって行くが、基礎は出来ていると判断されて、大分短縮されるらしい。
卒業パーティーはあの殿下のプロポーズのおかげで、成功という評価をいただいた。
先に卒業された殿下は公務に勤しみながらも、忙しい合間を縫って私に時間を割いてくれる。生徒会の時代を思い出せないくらい甘い扱いに、私が完全に陥落するのも時間の問題だろう。
王妃様と母はうきうきしながら、あーでもないこーでもないと婚礼衣装を考えている。テーラーも忙しそうにしながらも、いつも楽しそうにやって来る。
元婚約者候補からは少し同情の視線をいただいた。話し掛けようとすれば、距離を取られた。「あなたと話すと殿下がうるさいのでご容赦ください」なるほど?
仕方ないので殿下に元婚約者候補の相手を聞いてみれば、ハイライトが消えた目で壁際に追いやられた。
「あいつにまだ興味がある、と?」
「いえ、全く。ただ婚約白紙が一方的だったので、好きな方でもいらっしゃるのかと思ったのですが」
「……なるほど。いや、まだだと思うよ」
謎の圧力は消失し、気まずさで殿下は視線を逸らす。ふふふ、と笑って見せれば拗ねた顔でこちらを見た。
「嫉妬ですか?」
「…そうだよ。言っておくけど俺は君が思ってるより君のこと大好きだからね」
「元婚約者候補に圧力を掛けるくらいには?」
「格好悪いから忘れてくれ」
「ふふふ」
王太子妃教育は大変だし、最近始まった公務も気が抜けない。社交だって好意的に受け止められてはいるものの、粗を探す視線がないわけでもない。これは私がここで生きていく限り切っては切れないものだった。それでも、私にはこの人がいる。そして、この国がある。ヒロインではきっとなかったあの子たちがいる。
私はここで生きていく。
「ねえ、殿下。大好きですよ。これからも大好きでいてくださいね」
真っ赤に染まった顔にまた笑みが込み上げる。くすくす笑っていれば、ムッとしたのか頬を掴まれた。
「随分と余裕だね?」
手を引かれて殿下の執務室に連れ込まれる。後ろ手で鍵を閉めれば迫って来た。勢いはすごいけれど、この人が優しいことを私は既に知っている。私は彼を避けなかった。怯まない私に、彼はやれやれと脱力し雰囲気が元に戻る。しかし、迫った距離は戻らなかった。
とある貴族牢
何で何で何で!!!ヒロインは確かに消したはずなのに!!!男爵家は既に存在しないのに!!何で私が殿下と結ばれないの???愛してるのに!何で何で何で!!!
錯乱した声は外に漏れることはない。
???サイド
真っ暗な部屋に2つの灯りが見える。何らかの画面のようだ。その前には草臥れた人間が2人。
また残業してるんすね。
君もね。
あのクソ部長、締切1週間前にルート3つ足せとか、何考えてんすか?
本当に滅べばいいのにね。それも今までとは違うシチュエーションがいいとか。
やっぱり悪役令嬢が奮闘する物語っすかねえ。
それだけは絶対やだ。
分かりますよ。あのクソ部長を元にしたんすもんね。俺もあいつ幸せにするのはごめん過ぎるっす。
あの人の汚いところを煮詰めたような性格を元にしたからね。絶対それだけはいや。
じゃあ、どうするっすかねえ。いっそヒロインに退場してもらうとか?
でもヒロインの代わりに出来そうな子なんて。あ、いいかも。




