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第八話 妖精は朝に座っている

その朝、老職人は目覚ましより少し早く目を覚ました。

夜中に起きた記憶はない。

夢も、見ていない。

工房の戸を開ける前に、

一度だけ深く息を吸った。

期待も、不安も、

どちらも持たないようにして。

戸を開ける。

机の上には、途中まで縫われた靴があった。

完成してはいない。

だが、昨日より確かに進んでいる。

老職人は、それを見て、少しだけ笑った。

椅子に座り、針を取る。

革に触れる。

手は、何も迷わなかった。

縫い進めながら、

彼は考えなかった。

昨夜、自分がここに来たのかどうか。

どこまでを誰がやったのか。

そんなことは、

もう確かめなくてよかった。

昼前、妻が工房を覗く。

「今日は?」

「今日は、途中だ」

「そう」

それだけで、会話は終わった。

午後、客が来る。

「妖精さん、今日は休みですか」

老職人は、少し考えてから答えた。

「さあ。

 でも、靴は進んでます」

客はそれで納得し、

何も言わずに帰っていった。

夕方、靴は完成した。

老職人は縫い終えたそれを机に置き、

しばらく眺める。

出来は、いつも通りだった。

特別よくも、悪くもない。

それで十分だった。

夜、工房の灯を消す前に、

彼はもう一度、靴を見た。

妖精の姿は、どこにもない。

あるのは、完成した靴だけだった。


それが、いつ、誰の手で縫われたのか。

それを説明するために、

人々は「妖精」という名前を使っている。

その名前は、

仕事を奪わない。

忘れることを、責めない。

ただ、朝になったとき、

人が前に進むための場所に、

静かに座っている。

老職人は戸を閉める。

明日、靴が出来ているかどうかは、

わからない。

だが、どちらでもよかった。

妖精は、夜に靴を縫わない。

朝、

人がそれを受け取るための席に、

黙って座っているだけなのだから。



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