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第七話 ずれ

朝、老職人は工房の戸を開けた。

机の上は、空だった。

一瞬、何を見ているのかわからなかった。

視線が机の端から端まで動き、

そこにあるはずの靴を探す。

ない。

途中の革も、

針も、

糸も、

すべて、昨日のまま整えられている。

ただ、

完成だけが、ない。

老職人は椅子に座った。

胸の奥が、すう、と冷える。

昨夜のことを思い出そうとする。

目を覚ましたのか。

工房に来たのか。

針を持ったのか。

何も浮かばない。

指先を見る。

腫れていない。

痛みもない。

「……来なかったのか」

小さく、そう呟いた。

誰に向けた言葉でもない。

昼前、妻が顔を出す。

「まだ?」

机を見るなり、そう言った。

「……今日は、まだだ」

妻は一瞬だけ驚いた顔をしたが、

すぐに何も言わず、湯を置いて戻っていった。

その反応が、

老職人には少しきつかった。

説明が、できない。

「妖精が来なかった」と言えばいいのか。

「自分がやらなかった」と言えばいいのか。

どちらも、

しっくりこなかった。

昼過ぎ、客が来る。

「今日の分は?」

「……明日になります」

客は不満そうな顔をしたが、

事情を聞くことはなかった。

「そういう日もあるか」

それだけ言って帰っていった。

夕方、工房は静まり返る。

老職人は、結局、針を持たなかった。

夜になっても、

目は覚めなかった。

朝、机の上は、

やはり空だった。

老職人は、ようやく理解する。

妖精は、

呼べば来るものではない。

来なくなっても、

責められる相手ではない。

そして同時に、

もう一つのことにも気づく。

妖精が来なかった朝、

自分が靴屋でなくなるわけではない。

だが、

妖精に預けていた時間は、

確かに戻ってこない。

彼は、ゆっくりと針を取った。

今日は、

自分でやる日だ。

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