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妻の視点 最終話 妖精は朝に座っている
朝は、いつも同じように来る。
夜のことを、
すべて持ち去るわけではない。
けれど、
触れにくい部分だけを、
静かに遠ざけていく。
工房の扉を開けると、
靴が一足、
作業台の上にあった。
昨日まで、
途中だったはずの靴だ。
縫い目は揃い、
革はきれいに形を保っている。
私は、それを手に取る。
重さも、
感触も、
いつも通りだ。
夫が来る。
作業台を見て、
少しだけ考え、
それから頷く。
「できているな」
それ以上は、
何も言わない。
町の人が来る。
靴を見る。
値段を聞き、
代金を置いていく。
誰も、
「いつ作ったのか」とは聞かない。
代わりに、
誰かが言う。
「妖精がいるんでしょう」
私は笑って、
曖昧に頷く。
妖精の姿は、
どこにもない。
だが、
完成した靴のそばには、
それを説明するために置かれた、
ひとつの名前がある。
その名前は、
仕事を奪わない。
忘れることを、責めない。
ただ、
朝になったとき、
人が前に進むための場所に、
静かに座っている。
私は靴を磨く。
夫は店に立つ。
町は、
今日も動き出す。
それでいい。




