第一話 交わる運命
穏やかな日差しが体に降り注ぐ。
「……ふわぁ。……朝だ」
ゆっくりと体を起こし、伸びをする。
「……んん~、ふぅ~」
綺麗に布団をたたんで、靴を履く。
寝巻のまま、中庭にある井戸へ移動する。
半開きの目をこすりながら階段を降り、中庭に入った。
「……よいしょ」
上の寝巻を脱ぎ、近くの物干し竿に掛ける。
そのまま、井戸で水をくむ。
顔を洗うために手で水をすくう。
「……冷たい」
小さく愚痴を呟きながら顔を洗う。
2,3回洗うと、半開きだった目がしっかりと開く。
水に反射した顔には、蒼の瞳と傷を負った藍の瞳が映っていた。
「……ご飯♪」
顔を洗いスッキリした私は、早くご飯を食べるために自室に戻り着替える。
寝巻を脱ぎ、自分の全身が映った鏡で確認する。
大小様々な傷が、全身を埋め尽くしていた。
これも、生きるために耐えてきた私の勲章だった。
改めて全身を見るも、姿見の半分しか映らない自分がいる。
そして、胸に手を当てるも、そこに膨らみはなかった。
「……大きく、なりたい。……がんばれ、わたし」
鏡を見て自分を鼓舞し、白のワンピースを着る。
ひざ近くまであるカーディガンを羽織り、腰に片手剣を携え鏡の前で確認する。
「……よし」
朝ごはんを食べるために一階の食堂へ行く。
「……おはよう、ございます」
小さな声で、机を拭いているおばあちゃんに挨拶する。
「あら、フレイアちゃん、おはよう。すぐに持ってくるから、待っててね」
宿屋のおばあちゃんは、すぐに厨房に入り、慣れた手つきで盛り付けを始める。
数分後、お盆の上にたくさんの料理を台車に乗せて持ってくる。
「はい、お待たせ。おばあちゃん特製の朝食だよ。しっかり食べていってね」
たくさんの料理が目の前に置かれて、私は目を輝かせる。
「……ありがとう」
か細い声でお礼を言うと、後ろを振り向かずに手を振ってくれた。
食べる前に手を合わせ、豊穣の神に感謝を伝える。
「……いただきます」
今日の朝ご飯は、パンに魔牛のひき肉入りシチュー、オーク肉のステーキそれぞれ三人前。
パンをシチューにつけて食べたり、ステーキをパンで挟んで食べたりと食事を楽しむ。
20分ほどで完食し満面な笑みを浮かべながら、お皿を返却口に持って行く。
「今日もいい食べっぷりだねぇ。そんなにおいしそうに食べてくれるから、こっちも作ったかいがあるってもんよ」
「……おいしかったです。……ごちそうさま」
いつもより少し大きい声でお礼を言い、カーディガンのポケットに入れていた眼帯で左目を覆う。
私の左目には、短剣で切られた傷があり、あまり見られたくないので眼帯で隠している。
その足で、冒険者ギルドへ向かう。
冒険者ギルドに到着し、受付へと進む。
私の番となり、いつも受付してくれるアカメさんが担当になった。
「おはようございます、フレイアさん。どのようなクエストを行いたいですか?」
「……討伐」
「承知しました。……では、こちらのクエストでよろしいですか?」
「……はい」
アカメさんは、慣れた手つきで素早く受理を進める。
「今回のクエスト『オークの討伐』は、難易度が高いものとなっておりますが、フレイアさんであれば問題はないですね」
受理をしたサインを書く手を止め、顔をしかめながら口を開く。
「フレイアさん。今回のクエストですが、損傷をなるべく少なくしていただいてもいいでしょうか?」
いつもは言われないことだったので、首をかしげる。
「先日、とある貴族の方がオークの肉を食べたいと仰っていまして。報酬は弾むので、信頼できる冒険者にお願いしてほしいと、こちらに要請がありまして」
「……なんで、私?」
「こちらの方で審査をした際、普段の討伐部位の保存状態の良さ、クエストの達成率、そして損傷の少なさを加味しまして、一番適性があると判断されました」
そこまでの情報を収集しているギルドに驚きつつ、承諾する。
「……私で、よければ」
「要請を聞き入れてくださり、誠にありがとうございます。それと、オークの出現ポイント付近にて、Sランクに相当する魔物の報告が何件か届いております。お気をつけてください」
「……情報、ありがとう」
「ご武運を」
アカメさんに見守られながら、冒険者ギルドを後にした。
街の出入り口に到着した私は、馬車乗り合いへ行かずに街を出る。
そして、誰も入らない森の中へと進む。
周囲を確認し、誰もいないことを確かめる。
「……よし、大丈夫」
このまま歩いていくと時間がかかるので、付与魔術を使って移動をする。
「……速力強化」
素早さを強化する付与魔術、戦闘でも使えるが私は移動で使っている。
軽く踏み込む動作をして付与術の効きを確認する。
「……問題なし。行こう」
左目の眼帯を外し、走り出す。
森の中を走りながら、左目の魔眼で周囲を見渡す。
この魔眼は、視界の範囲内のマナと呼ばれる空気中の魔力を視認することができる。
これを使い、移動中の魔物との遭遇や戦闘の乱入を防いでいる。
走り出して10分程度、馬が全速力で30分程度走った距離を移動した。
魔眼がオークが発するマナを発見する。
すぐには戦闘に入らず、オークに見つからないように隠れながら周囲を索敵する。
オークとの戦闘中にほかの魔物の乱入があると、最悪倒れるからだ。
しばらく索敵するが、オーク以外の魔物がいなかったので、準備に取り掛かる。
今回は、なるべく損傷を少なくする必要があるため、一撃で倒さなければならない。
「……今回は、これだね」
鞘から片手剣を取り出し、マナを注ぐ。
「……生成武器・弓」
マナで覆われた剣が弓へと変化する。
これが私専用の武器、変形武器。
マナで覆い、自分が思う武器に変形できる武器。
癖の強い武器職人の人が手掛けた傑作のひとつ。
深呼吸して、自身に付与魔術を使う。
「二重強化」
子の付与魔術は、筋力・速力・防御力を二倍にする付与魔術。
魔力消費が激しいので、あまり使われない代物。
「重力操作」
私が発明した、対象の重力を操作できる付与魔術。
重くしたり、浮かすこともできる。
「属性付与・氷」
私がもう一つ発明した、私が扱う属性である氷を物に付与することができる。
「……始めよう」
重力操作を使い、体を浮かせて木の枝に乗りオークの隙を伺う。
オークは、私の存在に気づかずに獲物を探してる。
一本の氷の矢を生成し、それに重力操作を付与し構えを取る。
オークが動きを止めた瞬間、矢を放つ。
オークの頭を打ちぬいた矢は、瞬く間に全身を凍らせる。
氷漬けになったオークに近づき、確認をする。
「……よし、上手にできた」
弓を片手剣に戻し、鞘に納める。
そのまま、冒険者ギルドから支給された収納袋に詰めていく。
この世界に10人しかいない空間魔法の使い手が作った収納袋。
オーク一頭程度では、まだまだ余裕がある。
そうして、追加で3頭ほど狩りをした。
「……帰ろ」
オークを討伐するのに、少し深いところまで来てしまっていた。
付与魔術の準備をするために周囲を探ると、二つの大きなマナがぶつかるのを見つける。
アカメさんが言っていたことを思い出した私は、万が一のことを考えて静かに近づくことにした。
そこには、一人の女剣士とこの場所にいてはいけない魔物がいた。
オークロード。Sランクに分類され、単独で当たらずにパーティーで討伐することが推奨されている、この狩場の中で上位に君臨する魔物。
それだけにとどまらず、必ずオークロードの周りにはオークが少なくとも五頭いることだ。
女剣士の周りには、いくつものオークの死体に冒険者が3人倒れていた。
女剣士は、動きやすいように体のラインに沿ったラフなパンツスタイル、胸当てと後手を装着しており、私よりはるかに身長が高い。
「……むぅ、羨ましい」
「はぁぁぁぁ!」
女剣士が声を張ると、赤髪が太陽のように燃え盛り、大剣が炎を纏う。
この様子なら大丈夫だろうと視線をずらすと、もう一つの大きなマナが猛スピードで近づいていた。
嫌な予感がした私は、片手剣を取り出して戦鎚(ウォ―ハンマー)に変化させながら走り始める。
「重力操作、筋力強化」
女剣士が徐々にオークロードを追い詰めていき、あと少しの所まで来ていた。
その瞬間、番だと言わんばかりに興奮しながらもう一頭のオークロードが現れる。
「っな!? まさか、こいつの番なのか!?」
女剣士が動揺し、均衡が崩れかける。
トップスピードに達した私は、ウォ―ハンマーを振りかぶりながら戦場に割り込む。
突然の乱入にその場にいた全員が驚愕する。
その隙を見逃さずに、先ほど現れたオークロードめがけて一撃を打ち込む。
もろに喰らったオークロードは、木々をなぎ倒しながら飛んで行った。
ウォ―ハンマーを肩に置きながら、女剣士に尋ねる。
「……援護、いる?」




