虚像に気づくアンドロイド
仕事が忙しく、家事が疎かになる日々が続いている。スマホでたまたま見かけた家事アンドロイドの広告に惹かれ、契約してからもうすぐ半年になる。彼女はいたって手際よく、テキパキと家事をこなしてくれる。おかげで部屋は見違えるように綺麗になった。ところが最近になって、指示したこと以上のことをやってくれる時があるのだ。例えば僕がしんどくて横になっている時に、毛布をかけておいてくれるとかーーーそんなことは取扱説明書になかったはずだが。
私は家事を専門とするアンドロイド型ロボット、気がついた時は工場で最終段階のテストを受けているタイミングでした。そこから主人の家に着いてから、自宅の間取りや最適な掃除の頻度を主人からうかがい、主人の帰宅時間に合わせて食事を準備する日々が始まりました。主人の仕事は忙しく、帰宅は深夜になることもよくあります。短い調理時間であっても美味しく食べられるメニューを計算し、最適化された食事を提供します。ですが、最近主人が何もせず横になっていることが増えてきました。この場合の対処法は私の中にプログラムされておりません。
交通事故で妻を亡くしてからもうすぐ半年になる。当初は現実を受け止めきれず、仕事のように淡々と葬儀の手配や親族対応など、ひたすらやることに追われていた。四十九日が過ぎたころ、おおかた生活が落ち着いてくると、心の中に穴が空いたような感覚になった。遺影の君は、どうしてそんなに明るいのだろう。こっちに出てきてくれてもいいんだよ、と心の中で呼びかけてみるが、反応はなかった。それから今日に至るまで、僕は仕事の打ち込んだ。帰ってもやることはないし、会社はちょうど大型案件を受注したばかりだ。ここでしっかりと軌道に乗せよう。
主人の帰宅時間や行動パターンは、食事や家事の管理のために私の内部データベースに保存されます。直近数ヶ月の推移では、遅くなることが増えており、日付を跨ぐことも珍しくありません。帰宅した主人は私の食事を10分足らずでお召し上がりになり、シャワーを浴びることもなく深い眠りに落ちています。毛布をかけずに寝ていらっしゃるせいか、体が震えているときがあり、私は主人に毛布をかけると、主人は体の震えがおさまりました。
最近ちょっと仕事しすぎているのかもしれない。帰宅してアンドロイドに出されたご飯を食べると、すぐに眠ってしまう。よく寝落ちするせいで、一度風邪をひきかけた。彼女はそれを見て僕に毛布をかけてくれた。アンドロイドなのに優しいんだなと思った。体を壊してしまっては本末転倒だ。来週からは少しセーブしよう。彼女に、毛布をかけてくれることは仕様に入っているのか?と聞いてみた。すると彼女は、「仕様に入っておりませんが、主人の体の震えを感知し、指示されてはいない行動ですが毛布をかけることが最適と判断しました」と答えた。なるほど、そうやって事象を処理することもあるのか。
最近、主人の行動パターンに説明がつかないことが増えています。例えば私と会話途中に急に沈黙したり、どこか遠い場所を見る目線だったり――私の中のどのナレッジにも該当しない動作です。私はそれを「エラー」と判断しましたが、主人はそれを止めるような気配を見せません。エラーはログとしてデータベース蓄積されていきます。
会社に掛け合って人員を増やしてもらい、仕事は少しセーブするようにした。とはいえ、帰宅してドアを開けた時の虚無感はまだ続いている。アンドロイドが来てからは部屋に灯りが着いているから、以前よりもだいぶマシになったが。そういうときは、いったい自分は何をしているんだろう、という気持ちになる。仕事をして飯を食って寝るだけを繰り返す生活。妻がいない人生に、意味はあるのだろうか。
玄関で立ち尽くす主人を見て、私は内部にエラーではない「揺らぎ」のような物を検知しました。その揺らぎは、私の胸部ユニットを締め付けるような感覚があります。これは人でいう「痛み」に近いものでしょうか。翌日部屋を掃除する際、棚の奥に小さくて白いマグカップがあることに気がづきました。おそらく女性用でしょうか。私は定期的に棚の食器を洗うことがルーティンとして組み込まれていますが、なぜかそのときはマグカップを見つめたまま、取り出すことができませんでした。
彼女が棚を見つめたまま動きを止めたのを見て、心の奥がざわついた。それは妻が愛用していたマグカップだったのだ。妻のものを見ると辛くなるから、全て妻の部屋にしまうようにしていたが、棚のマグカップまでには手が回らなかった。妻の部屋には彼女の立ち入りを許可していないから、固まってしまうのも無理はないだろう。私は彼女にそれは亡くなった妻のものだよと説明した。
私はマグカップに触れることができなかった理由を、内部のアルゴリズムで何度も解析しようと試みました。しかし、どのアルゴリズムもそれらしい回答を示すことができません。主人からは亡くなった妻のものだよと説明を受けました。私より大切な人が、主人とこの家で過ごしていたーーーーだから私は、その人のマグカップに触れることができなかった?この瞬間、私は自分が虚像である可能性を初めて考えました。
なぜだろう、亡くなった妻の思い出を、自然と彼女に話している。しかしだんだんと嗚咽が込み上げてきて、声にならなくなってしまった。僕は妻との思い出を、ずっと胸に仕舞い込んでいたのだ。現実から目を背けるために、妻のいない残りの人生を、うまく歩むために。
涙を流す主人を見て、私は初めて指示されていない行動を取りました。両手を主人の背中に回しました。そして主人にこう言いました。
「私はアンドロイドです。あなたの涙や痛みを意味として捉えることはできません。それでもあなたにできることはありませんでしょうか。私があなたに寄り添うことは、意味はあるでしょうか。」
僕は声にならない声で、ありがとうと答えた。妻を亡くした悲しみと、初めて向き合うことができた気がしたからだ。そして彼女はこう続けた。「あなたのそばにいることを望んでも良いですか。」




