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八雲辰毘古企画参加作品集  作者: 八雲 辰毘古
2024年企画参加作品
2/3

#バチクソにカッコいい女の子を寄こせ杯 『サイレント・リリィに口づけを。』

神崎 月桂様主催『バチクソにカッコいい女の子を寄こせ杯』(2024/7/7作品公開〜7/14企画終了)参加作品。


レギュレーション:空白・改行含まないの字数で3200〜4000字で「バチクソにカッコいい女の子」を書く

 あの頃、私たちは最強だった──


 なにが? て言われても困るけど。

 とにかく無敵だったんだ。



     ※



 真夏。けだるげな日差しが、いつまでもだらしなく、わたしたちの退屈な夏を象徴するかのような暑さを振り撒いている。


「どうせならさー」


 さゆりはへらへら笑ってソーダ味のアイスをむしゃぶりつくしていた。


「万引きとかやってみたほうが、ひと夏の最後の思い出って感じでいいんだよね」

「ねえ、それって……」

「ん。そうだよ。万引きは犯罪だよ」


 でもさ、とさゆりは卑しい笑みを浮かべた。


「それがいいんじゃない。イケナイこと」


 ただふしぎなことに、中性的なショートヘアに支えられた、さゆりの端正な、女の子でも男の子でもない圧倒的な(かお)立ちで行われたそれは、背伸びして塗った口紅のようだった。

 キケンな大人への階段。そこへ続く魅惑の匂いが、肌身に染みついている。


 そうこうしているうちに、舐め切ったアイスの棒を抜いて、ためつすがめつする。


「お。あたりだ」


 見ろよ、と得意げに笑う。


「きっといいことあるぞ」


 イタズラっぽく笑う目と、わたしの目が絡み合う。

 ただわたしには、赤く印字された「あたり」の文字が、なんだか不吉なものに見えたのだった。



     ※



 国木田さゆりとの初めての出会いは、さかのぼって一年前のこと。


 高校二年の転校生だった。


 食パン食べながらぶつかってくるような、そんなヤワなやつじゃなかった。

 予兆もへったくれもない。

 まるで、流れ星のような、こんな海辺の田舎町にはとうてい似つかわしくない。


 そんな圧倒的な存在感が──

 いきなり、瞬きするうちに教室に入ってきたのである。


「うわ。すげえ」

「きれー」

「モデルとかやってんの?」


 ざわつく教室が、まるで天使が見晴かしたうすら汚れた下界のようだった。

 わたしにはなんとはなしにそう思えて、急に恥ずかしくなった。


 先生は、黒板にその名前を書いた。

 みなにはそれが、アイドルを紹介するマネージャーの手つきに見えたものだった。


『先生、完全に付き人って感じだった』


 これは後になって語られた証言である。


 そして──当時はまだ「国木田さん」だった──彼女は、見かけによらずハスキーボイスで自分の名前をなぞった。制服もちゃんとしてたし、背筋も伸びていた。にもかかわらず、どこか気だるげで、ひとをたらし込むような隙があって、でもその奥底にちょっと鋭いカッターナイフのようなものを匂わせた。

 どれもこんな海辺の田舎町には似つかわしくない。むしろ都会で死線をくぐってきたような、そんなニュアンス。


 彼女の席は教室の一番後ろ、ぽっかり空いたスペースに机と椅子を置いて作られた。

 すたすた歩いてちょこんと座る。椅子を引くときの無様な音すら、彼女を引き立てる効果音でしかないくらいの。まるで最初からこれがドラマのワンシーンの撮影だったみたいな一部始終だった。


 こうして、教室に新しい風が吹いたのだ。



     ※



 わたしが彼女を「さゆり」と呼ぶようになったのは、ちょっとしたワケがある。


 まず、「国木田さん」の日頃の生活態度について話したほうが良いと思う。


 わたしのいる学校は、さほど学力が高いわけでもないし、時間に折目正しいほうではなかった。遅刻常習犯がいたり、黒板に落書きしたり、教師が入ってくるドアに黒板消しのブービートラップを仕掛けたり……とまあ、そんな程度の学校なのだ。

 彼女は、そんな場所でも時間通りに登校し、静かに授業を受けている。端的に言って品行方正って言葉がお似合いだった。


 でも、どこか退屈そうな面持ちで、ときどき頬杖なんかついたりしちゃってる。


 中間試験が来て、クラス中で誰が赤点で誰が補習を受けずに済むかで盛り上がってるなか、「国木田さん」だけがほぼ満点。クラスの男女、ともにからかったり尊敬したりと態度はバラバラだけど、一目置いていたのは確かだった。


『ヤマがあたってただけだって』


 そう苦笑しながら言うけれど、わたしはたまたま知ってしまった。


 土曜日。図書室にこもって黙々と勉強したり詩を読んだりする「国木田さん」のすがたを。


 ──やっぱり努力とかするんだ。


 内心、そう思った。

 いやいや。そんなことじゃない。


 知ってしまった、というのはべつのこと。


 場所は屋上だった。わたしは風紀委員をしていて、当番制で学校のあちこちの戸締りを手伝うことがあるのだが、その日はまさにその当番の日だったのだ。


(屋上へのドアが開いてる)


 最初に気づいた違和感がそれだった。

 たまーに当直の先生が鍵を閉め忘れる。きっとそれだと思ったが、不自然なほどひろびろと開いていたから、ただ閉じるのではなくて、念のため屋上にあがってる人がいないか確認するつもりで、階段を登った。


 と、そこに。

 いたのだ。


 国木田さゆりが。

 屋上の金網フェンスを背にして。


「ん」


 まるで大したことなんてまるでしてないかのように堂々と。

 彼女は。


「あ、それ」

「タバコ」


 白いフレーバーがただようそれを口にしていた。


「…………」


 言葉を探しあぐねているわたしを前に、国木田さゆりは、いとも鮮やかな笑顔とともにタバコを手に取った。

 きゃしゃな手。指先が繊細な陶器でもあるかのようにそれはなめらかに、一本、煙の残像を引いて舞い降りた。


 と、目が追いかけているのを。

 ふわっと。

 口いっぱいにバニラの香りが広がった。


「ん」


 閉じた目。まつ毛長いな、て思った。


「けほっ、けほっ」


 思わずむせた。胸いっぱいにこびりついたバニラの匂いと、白煙に、わたし自身が驚いている。


「これで、あなたも共犯」


 ぺろ、とくちびるを舐めた。

 それから。


「名前」

「……えっ?」

「さゆり、て呼んでよ。わたしもあなたのこと『かえで』って呼ぶから」


 そう言って、(くわ)えなおしたタバコの名前は、後から知ったけど、アークロイヤルというのだった。



     ※



 さて、わたしたちはかんかん照りの空の下、自転車を漕いでいた。


「あー、つー、いー」


 さゆりが叫んでいる。まるで扇風機の前に声を上げて遊んでいるかのように。

 潮風が彼女の髪をなぶる。

 風はもう待ってはくれない。


「かえで、さあ」


 さゆりはちらちら振り向きながら、潮風走る沿道を駆け抜ける。


「これまで、いろいろ、あったよねえ」

「…………」

「楽しかった、よねえ」

「…………」

「だから、さあ」


 と、言ってから、急ブレーキ。

 わたしもあわてて停める。


「もうこれで〝終わり〟なんだよ」


 口角を片方だけあげて、彼女は言う。


「もう〝お目付け役〟なんてしなくていいんだよ」


 わたしは黙ってさゆりを見た。

 見つめた。


「…………」


 そうだ。だからあの日──あのバニラの匂いがした日からわたしは、彼女をほっといてはいけない、と思ったのだった。

 風紀委員の勘、と言えばいいのか。

 とにかく退屈でまだるっこしい、おまけに大したこともない田舎の学校に、彼女は数々の刺激的な事件をもたらした。


 夜の校舎の肝試し。

 プール沿いの花火大会。

 同級生宅の二階でやった賭け麻雀(マージャン)

 購買転売部の設立。


 それに。


 PTAと戦った文化祭の出し物。

 隠されたいじめの告発。

 選抜入試の不正の阻止とか。


 そのすべてにさゆりがいた。

 そのすべてに、わたしが巻き込まれた。


 だから。

 だから……


「さゆりは最後まで何しでかすか、わからないじゃない」

「そりゃ、そうだけど」


 パーマがかかったショートヘアが、彼女の曲がったヘソを象徴するかのように。


「さすがにまた転校が決まったこの頃で、やんちゃしようって気は起きないよ」


 彼女はイタズラっぽく微笑んだ。


 あっという間の一年だった。振り返るとその三倍くらいはあったんじゃないかってくらいに、濃くて長く感じる一年でもあった。


「ずるいよ」

「え?」

「さゆりは、ずるい」

「……」

「あんなにたくさん、ひとを振り回しておいて、迷惑もかけて、なのに、なのに。どうして……」


 込み上げてくる涙を、こらえて、言葉を紡いだ。


「どうして〝楽しかった〟のひと言で済ませようって言うのよ」


 さゆりはそこに立っていた。


「そんなひと言で済まないくらい、忘れたくないくらいたくさん、あったじゃない……」


 いつのまにか泣いていた。

 さゆりとわたし。

 ふたりだけの真夏の空。

 太陽だけが涙を照らし返して、アスファルトに黒々とかげぼうしを落として。


 影が、そっと寄り添った。

 指が触った気がした。

 とたんに持ち上げられたあごに。

 くちびるがそっと近づいた。


「ん」


 閉じた目が。長いまつ毛が。

 あの日と同じように、わたしの網膜に焼きついた。

 そして、しょっぱいソーダ味が、わたしの舌にこびりついていた。


「大丈夫だよ」


 さゆりは淋しげに笑った。


「かえでは、〝普通〟だから。わたしのことはすぐに忘れて、退屈なおとなになるんだ」

「そんな、こと……ッ」

「わかるよ。この気持ちも、胸の高鳴りも、こじらせた夏風邪のようなものだから」


 真夏の太陽の下──あの頃。

 わたしたちは。


 汗の匂いなんて感じないくらい、一生懸命で、必死で、刹那の感情に命を賭けていた。


 それを。

 それなのにもかかわらず。


 さゆりは。


「これでさよならだよ」


 わたしを突き放して。


「じゃあね」


 行ってしまった。

 わたしの目の届かないところへ。

 わたしなんて、いくら頑張っても追いつけない場所へ──


 追いすがろうと伸ばした手には、いつのまにか握らされたアークロイヤルの箱があった。それを見て、わたしはさゆりを止められなくなってしまった。

 わたしはただ、彼女が自転車で先にゆくのを、ただ見届けるしかなかったのだ。



     ※



 そっと叩いて、伸ばしたタバコ。

 手に取る仕草は我ながらぎこちない。


 百円で買ったショボいライターは、わたしの学生時代の思い出みたいで、なんだか笑えた。

 でも、いまはこれしかないのだ。

 火を点ける。

 一本口に咥える。


 先端の輝きは、線香花火のようにはかなく、あっけない。

 でも。

 その一瞬だけ、わたしはさゆりの長いまつ毛の記憶を呼び戻す。


「言った通り、つまんないおとなになっちゃったよ」


 あなたは、いまどこにいるの?


 流れ星に願掛けするように。

 言葉は。バニラの香りは、風に消えた。

結果:28作品中 同率6位(実質8位)


連載予定など:現状なし

※カクヨムで百合青春ものとして連載したいなとは思っているがいつになるかはわからない

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