「きゃっ…可愛い…! 下町での恋の予感」
真中しおりは、下町の商店街を歩くときが一番好きだ。
自宅からほど近いアーケードは天井が低く、どこかほっとする空気がある。
鮮やかな野菜が並ぶ八百屋や、揚げ物のいい匂いを漂わせる総菜屋など、見慣れた店ばかりだが、今日は何となく心が弾んでいた。
ふと、角を曲がった先で目に入ったのは、淡いピンクのブラウスをゆるっと着こなす女の子。
黒髪を耳の横で小さく結び、細い首筋にちらりとイヤリングが光っている。
そこに目が留まった瞬間、しおりは息をのみ、「なにこれ…可愛い…!」と思わず声が出そうになった。
その女の子は小柄で、肌が透けるように白い。 気のせいか、口元が柔らかく微笑んでいるようにも見える。
しおりは「あれ、私、こんな子と顔見知りだったかな?」と記憶を探ったが、どうも違うらしい。
それでも目が離せないのは、その子の仕草がどこかもじもじしていて、隣のカフェの看板を気にしながら何度か足を引き戻しているからだ。
「……どうしよう。 声かけたい。 でも、いきなりは変かな…」
そう自問自答する一方で、「いやいや、可愛い子には挨拶しなきゃ損じゃん」と、しおりの脳内テンションは急上昇する。
男性と距離を置きがちな自分でも、女の子が相手ならむしろ飛び込んでいきたくなる。
ましてこんなにツボにはまるタイプを見かけたら、放っておくのは難しい。
「すごく小動物っぽい感じ…ああ、あと耳元がほんと可愛い…」
そんなことを考え始めると、鼓動が少し早くなってきた。
彼女はプチアクセサリーを控えめにつけているだけなのに、しおりにはそれがたまらなく愛らしく見える。
カフェの前で、女の子は「入ろうか、やめようか」と迷っているようだ。
しおりは通り過ぎるふりをして、その子の横をゆっくり通り過ぎてみる。
近づくほどに、ふわりと甘いシャンプーの香りまで感じる気がして、「なんて無防備なの…」と内心ドキドキする。
「かわいい…ほんとかわいい…」 口には出さないものの、心の声は漏れそうなくらい高まっていた。
けれど一歩踏み出した瞬間、向かいから男性客が来たのを見て、しおりはぴたりと足を止める。
その人が別に何をするわけでもないのに、無意識に肩がすくんでしまうのだ。 「あ、だめだ。変に突っ立ってるのバレたら恥ずかしい…」
そう思って視線を逸らすが、やはりあの女の子の様子が気になって仕方ない。
また見れば、彼女は片手でスマホを握りしめて画面をチェックしながら、つま先で軽く地面をトントンと叩いている。
「……もう、声かけちゃお」
気づけばしおりは、軽く鼻で息を整えてから、女の子へ少しだけ歩み寄っていた。 「よかったら、そのお店すごく美味しいよ。 特にスイーツ。 迷ってるなら、行ってみてもいいんじゃない?」
何を話そうか考える前に口が動いているのが自分でもわかる。 女の子の目が驚いたように見開かれて、しおりの方を向いた。
「そ、そうなんですね…ありがとうございます…」
その声がまたかわいらしくて、しおりの心が完全に弾けそうになる。
商店街のざわめきの中、しおりの意識はすべてその子へ向かっていた。
男性に対して萎縮する自分とは別人のように、しおりは「カフェ一緒に入っちゃおうかな…」なんて下心まで浮かべる。
「あっ、でも仕事前だから時間が…」と腕時計を見て我に返り、「もう少しだけお話したかったな…」と残念に思う。
けれどこの出会いを逃したら、あの可愛い笑顔は二度と見られないかもしれない。 そう考えると、胸がきゅっと締まる。
「私は真中しおり。よかったら、名前だけでも教えてくれない…?」
いつもなら思いきった行動など苦手なのに、可愛い女の子が相手だと自分でも信じられないくらい素直になれる。
そんな自分を感じながら、しおりは夏の日差しの下で小さく微笑んだ。