鉛の進軍
ビルハイドは玉座にふんぞり返っていた。
眉間に深い皺をつくりながら、
入れ替わり立ち代わりやってくる兵士たちの報告を、
聞いている。
聞いては、皺を深くしていた。
「石をもっている男はいまだ見つかっておりません。
地下通路を知り尽くしているようで、
行く先々で姿をくらませています。
このままでは、埒が明きません」
ここでいう「石」とは、
クィナの力を閉じこめた石のことだ。
ビルハイドはこの石のある場所を魔法で探知して、
兵士たちに伝えるのだが、
ことごとく逃げられていた。
「何度言えばわかる。反乱分子と通じているのだ。
連中の拠点を移動しているに過ぎん。
そう数は多くないだろう。いずれは尽きる。
拠点になっていた場所を押さえろ。それでカタがつく。
続行だ。下がれ」
「はっ……」
「至急の報告がございます! お目通り願います!」
石を捜索している兵士がさがると、
次は別の兵士が玉座の間に現れた。
ビルハイドは深々とため息をついた。
「報告せよ」
「はっ。王都の南東の平原に隊列をくんだ軍勢が、
現れたとの報告がありました!」
「数は?」
「三万だとのことです」
「カストルムか……」
ビルハイドはうめいた。
頭痛のタネが増えたようだった。
ビルハイドのすぐそばに控えていたガドンは、
振りかえって進言した。
「陛下、よろしいでしょうか」
「なんだ」
「カストルム伯の対応はわしがいたしましょう。
平原まで兵を出し、一掃してまいります」
「ああ。うむ。それでよい。任せる」
「では……」
ガドンは一礼し、玉座の間を出ようとした。
しかし、またも報告の兵がやってきて、
ガドンは足を止めた。
兵士はビルハイドの許可を得て入室し、報告した。
「東棟一階の廊下で、
四天王のニビル様が亡くなられていました。
報告によれば―――」
「なんだと!?」
ガドンは驚きのあまり、兵士の言葉をさえぎって叫んだ。
「なっ、なぜ!? 誰にやられた!」
「わっ、わかりません。
報告では、四肢を切断されていたそうです」
「あいつが来ているのか!
いや待て、そもそもニビルはカストルムにいたはずだ!
なぜ……」
「ガドン、うるさいぞ。少し黙れ」
ビルハイドが眠たげな声でいうと、
ガドンはゆっくりと振りかえった。
「ニビルは戻っていたのですか?」
「ああ」
「何かご命令されたので?」
「ネズミがいたので、始末を命じた」
ビルハイドはつまらなさそうに淡々とこたえた。
ガドンではなく、自分の手を見ている。
ガントレットについた汚れを気にしているようだ。
「それが、返り討ちにあうとはな」
「……どうなさいますか? わしが、仇を―――」
「いらん。お前にはすでに命を下した。
お前の相手はカストルムだ。さっさと行け」
ビルハイドは吐き捨てるように言った。
わざわざ言うのもバカバカしい、
と言わんばかりの口調だった。
ガドンも、報告にきた兵士も見ようともしない。
ガドンは、思わず眉間にしわが寄るのを感じた。
「……御意」
ガドンは踵を返して玉座の間の入口へむかった。
報告の兵はどうすればいいのかわからなかったらしい。
ビルハイドにさらに質問を続けた。
ガドンは足を止めて、やり取りを聞いていた。
「あの、ニビル様はどういたしましょう?」
「なにが?」
「どう対処すれば―――」
「不要だ。あれのやりかけの仕事は放っておけ。
貴様らでは手に余る」
「いえ、そうではなく―――」
「なんだ? なにが聞きたい」
「その、ニビル様のご遺体はどうすれば……?
どちらへお運びしましょうか?」
「適当にやれ。任せる」
「ええと、それでは、ええと……」
「ああもう、うっとうしい。
余は忙しい。頭が痛むのだ。さっさと行け。
どうしても死体が気になるというのなら、燃やせ。
焼却炉があるだろうが」
「えっ……」
「大きすぎて燃やせんなら、刻め。
これで万事解決だろう! もう行け!
余を煩わせるな!」
「しっ、失礼しました!」
兵士は叱られた猫のように尻尾をまいて逃げていった。
なんと血の巡りの悪く、頼りない兵士だろう。
入隊して日の浅い新米の兵士にちがいない。
あのような者が陛下への報告に回されるとは、
近衛兵はよほど人手が足りないとみえる。
だが、ガドンの心をかきみだしたのは兵士ではなかった。
「……」
ガドンはやりきれない思いで、
顔をゆがめながらカストルム伯の軍勢が待つ平原へ、
歩み始めた。
鉛のように重い足取りで。




