人々
ごとごとと馬車が進む。
アリエスたちの馬車は二台だった。
先頭にはアリエスたちが乗っていて、
後ろはカストルムの兵士たちが五名乗っていた。
合わせて一つの商隊のふりをすることになっている。
「……減ってるな」
荷台から前方をのぞきこんで、ディーノがつぶやいた。
アリエスが不思議そうな顔をする。
「なにが減ってるの?」
「人だよ」
ディーノは窓から離れ、アリエスに場所をゆずった。
アリエスが窓から前方をのぞきこむ。
王都トロヌスの巨大な城壁と、
そこに大きく開いた口がみえた。
そこが検問所なのだろう。兵士が立っているのがみえる。
しかし、他の馬車や人の姿は見えなかった。
すでに日は高く登っているが、誰もいない。
アリエスは元の場所に座った。
「減ってるって、そもそも誰もいないじゃん」
「俺たちが王都を出たときはもうちょい人通りがあった」
「どうして減ってるの?」
「居心地のいい場所じゃないからだろ」
「どういう意味?」
「今にわかる」
「……」
アリエスはむっと頬をふくらませ、ラランの隣に移動し、
荷物の隙間に寝転がっているラランのお腹を、
つつきはじめた。
「……なにしてる?」
「腹いせ」
「本人にやり返せよ」
「やだ怖い」
「ぶん殴ればいいさ」
「そこまで怒ってない」
「じゃあ、やめてくれよ」
「やだ」
ラランはため息をついて、なすがまま大の字になった。
「わかったよ。好きにしろよ」
「うん」
アリエスは遠慮なくラランのお腹を好きにしはじめた。
ディーノたちが奇異な目で二人を見ているうち、
馬車は検問所に差し掛かった。
御者が旅券を求められ、全員分の旅券を提出した。
兵士が荷台の方へ回りこんできたので、
ララン達は顔をみせた。
なんだか目の死んでいる兵士は、
一人一人の顔をチェックするとうなずいた。
「……うん、問題ないな。……通ってよし」
こうして馬車は検問所を通過した。
アリエスは変装につかった伊達メガネとかつらを外した。
出発時にカストルムの兵士から渡されたものだ。
「なんだかあっけないね」
「大丈夫か、あいつ。
三日間寝てません、みたいな顔色だったぞ」
ラランは冗談のつもりだったのだが、
ディーノが真面目くさった顔でうなずいた。
「人手が足りねえんだろうな。
ビルハイドは魔法が使えない人間を蔑視してるからな。
魔法が使えない兵士のしわ寄せは相当きついだろう」
ディーノがなんだか賢そうなことを言っている。
ラランはそっと全員の表情をチェックした。
アリエスは深刻そうな表情だった。
ミアは、落ちこんでいるのでよくわからない。
この国の有様をちゃんと知らないの、おれだけ……?
そうか、全員この国の人間だったな……。
よく見ると、道ゆく人の顔色も決していいとは言えない。
いやハッキリいって、かなり悪い。
さきほどの兵士ほどではないにしろ、
誰もかれも不安やいらだちや焦りといった感情が、
少なからず顔色にでている。
あちこちに青い制服を着た人間が立っていた。
ただ通りに立って、厳しい目で道行く人をにらんでいる。
歩行者は彼らを避けるように、やや遠巻きに歩いている。
武器を持っていないため、兵士ではないようだ。
「あれはなんだ? なにしてる?」
アリエスに尋ねるが、
彼女も初めて見るようで首を横にふった。
「さあ……。あんなの、見たことないな」
「警官だよ」
「「ケイカン?」」
「まあ、警備兵みたいなもんだ。
ケンカとか、おかしなことをする奴がいないよう、
見張ってるんだ」
「ふーん。なんだ、いいことじゃねえか」
ラランは素直に感心した。
ちょっと目つきが悪いのが気になるが、
彼らがいればおかしなもめ事もずっと減るのだろう。
「酔っぱらいのケンカはだいぶ減るんじゃねえのか?」
「まあ、いた方がいいってこともあるには、
あるんだが……」
「なんだ、にごした言い方だな」
「そもそもこの街にはもう酒を売ってる店なんかねえ」
「はあ? そんな街、あるわけ―――」
「ねえ、あっちの人は?」
アリエスが別の方向を指さした。
さきほどの警官のような目つきの鋭い男が立っていた。
ただし、今度の彼は赤い制服を着て、
きょろきょろと一定時間ごとに、
決まったいくつかの方向をにらんでいる。
次第に彼がみているものがわかってきた。
警官だ。赤い制服は、青い制服の警官を見ているのだ。
「赤いのは、監視官だ」
「「カンシカン?」」
「警官の、見張り役だよ」
「「は?」」
ラランとアリエスは互いに顔を見合わせ、
同じ考えであることを確かめた。
「「なにを言ってるんだ?」」
「言いたいことはわかるが、事実だよ。
お、ちょうどいい。見ろ」
ディーノが赤い監視官を指さした。
警官の一人を指さして警笛を鳴らしているようだ。
「警官にはノルマがあるんだ。
例えば、一時間に一人は取り締まる、とかな。
正確な数字は忘れたが、そんな感じだ」
「「……?」」
ラランとアリエスはそろって、
困った犬のように首をかしげ眉をひそめた。
「監視官にも同じようにノルマがある。
一日に一度は警官に注意する、とか……。
どうも統計がどうとか聞いたが、よくは知らん。
とにかく人間はそれくらいの割合で、
おかしなことをしでかしたり、サボったりするらしい」
「わけわかんない」
アリエスは折れそうなほど、首を傾けて言った。
「なんでそんな意味のない決めごとがあるの?
実際におかしな人を見たかどうか、
ってことじゃないんでしょ?」
「ああ」
「変だよ、それ」
「そうだな」
「でもまあ、納得したぜ」
ラランは得意げな表情でうなずいた。
アリエスはむっと頬をふくらませた。
「なにが? 今の話、全部おかしかったじゃない」
「ルールはおかしいさ。
おれが合点がいったのは、連中の顔だよ。
どいつもこいつも不満そうだ。
こんな綺麗な街なのにおかしいなあ、と思ってたんだ。
今の話で合点がいったってことさ」




