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城の魔法

「へっくしょん!」


 人気のない、じめじめした暗い廊下で、

 ファルはくしゃみした。


「大丈夫か?」


 クィナがファルの顔をのぞきこむ。


「風邪ひいたか?」

「ううん。違うよ。変だなあ」

「誰か噂してるんじゃないか?

 ラランとかアリエスとか」

「ああ、そっか。

 おいらたち、さらわれたわけだから……」

「そう。噂になるのは当然だ」

「えらいことになったなあ……」

「おい、ぶつくさ言っとらんで、とっとと歩け」


 数メートル先でガドンが足を止めて急かした。


「早くせんと、また担いで持っていくぞ」

「そう急ぐな。人生は長いぞ」

「ワシの人生はいうほど長くないわい」

「クィナの半分も生きてないだろうに、可哀そうだな」

「はあ? なんの冗談だ、そりゃあ……」


 ガドンは、やれやれと肩をすくめて歩き出した。

 どうやらクィナの正体までは知らないらしい。


 ここはトロヌスにあるリリーボレアの王城だ。

 天候が悪く外観はイマイチだったが、

 中はきっと絢爛豪華なのだろうとファルは、

 うっすら期待していたが、

 その期待は見事に肩透かしにあった。

 暗いのだ。

 ひたすらに暗い。

 シャンデリアもランプもいたるところにあるのだが、

 どれもこれも火がともっていない。

 そもそもまるで人気がない。

 城に入ってからしばらく歩いたが、

 ここまで誰ともすれ違ったりしていない。

 まるで廃墟だが、建物自体はきれいだった。

 それがなんともいえず不気味で、ファルは少し怖かった。


「なんか怖いね……?」

「ん?」


 声をかけたが、クィナはいなかった。

 振りかえるとしゃがんで何かを拾っていた。

 やや駆け足でよってくる。


「なに拾ったの?」

「石」

「へ、へえ……」


 クィナとの付き合いはそこそこだが、

 ファルには彼女の行動原理がまるで理解できなかった。

 しかも、クィナは石にぶつぶつと何かをささやいている。

 ファルは本格的に怖くなってきた。


 そんなファルの気持ちなど、

 まるでお構いなしにガドンは進んでいく。

 さっきからしきりに部屋を探しているようだった。

「どこじゃったかな……」などとつぶやきながら。


 なにを探しているのかと不思議に思っていると、

 不意に耳元に息を感じ、ファルは飛び上がるほど驚いた。


「うわあっ!?」

「なんじゃ?」


 ガドンがみけんにくっきりと皺を寄せ、斧を構えている。


「おばけでも出よったか!?」

「い、いや、ええと、ちょっと、つまずいて……」

「ファルはおっちょこちょい」


 クィナにそう言われ、ファルはジロッとにらみかえした。

 ガドンはやれやれとため息をついて扉さがしに戻った。

 ファルはガドンがむこうを向くのを待って、

 声を殺してクィナに詰めよった。

 言うまでもないことだが、吐息の犯人はクィナである。


「なんだよ! びっくりするだろ!」

「ファルに頼みがある」


 クィナはどこ吹く風、いつもどおりの真顔でいった。


「この城のどこかにある魔法を消してきてほしい」

「はあ……?」


 ファルは、なにを言っているんだコイツ、

 といわんばかりの目でクィナを見た。

 ガドンから逃げろ、と言っているのだろうか。

 そんなことはもう何度も試している。

 ガドンは見かけによらず恐ろしく足が速く、

 ファルがどれだけ必死で逃げても、

 あっという間に追いついてつかまってしまうのだ。


「なに言ってんの? 逃げられないのわかってるだろ」

「そうじゃない。クィナの人を見る目が正しければ、

 ファルはこれからどこかに閉じこめられる。

 レーゲンスのところまでは連れていかれないはずだ」

「なんで?」

「勘だ」


 クィナは、珍しくややイライラしたように返事をした。


「いいか、よく聞け。

 この城の中でクィナは魔法が使えない。

 なにかの魔法がかかってる。

 だから、ファル。お前がその魔法を消してくれ」

「そんなこと言ったって……」

「どこかに石と、魔法陣があるはず。それを探してくれ」

「どうやってさ」

「それはこれを―――」

「おーい、ガキども! なにしとる! こっちゃ来い!」


 廊下のむこうでガドンが叫んだ。

 早く来い、と手まねきをしている。


「なにくっちゃべっとる」

「ファルはお城なんて初めてなんだ。話もしたくなる」

「こんな暗いのに城もなんもねえじゃろ」

「ちぇっ。行こう、ファル」


 クィナはファルの手を取った。

 ファルは手に何かを握らされたことに気づいた。


 これはたぶん、石だ。

 これを使って探せってことか?


「お前は、ここに入って、大人しくしてろ」


 ガドンは扉をひらき、ファルに中へ入れとうながした。


「暗いよ?」

「扉ぁ閉めたらもっと暗くなる。

 そこでいいんだな? 閉めるぞ」

「えっ、ちょっ、ちょっと待って」

「早くしろ」


 ファルは慌てて部屋の真ん中のテーブルに座った。


「最後に別れのあいさつをしてもいいか?」

「ああ、手短にな」

「わかった」


 クィナは目を閉じ深呼吸すると、にやりと笑った。


「ファル」

「うん」

「全部、壊せ」

「わかった」

「は!? な、なに言っとるんだ!

 やめろ! この部屋のものはどれもこれも高いんだ!

 お前、いいな、やめろよ?

 借金まみれの人生は嫌じゃろ?」

「ちぇっ。わかったよ」


 ガドンはほっとしたように扉を閉めた。

 ぎぃ、と音がして部屋の中は完全な闇に包まれた。


「ほら、お前はこっちだ。行くぞ。

 まったく、とんでもない奴らじゃな……」

「……」


 クィナは立ちどまったまま、扉にそっと触れた。


「……頼んだよ、ファル」

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