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雲が散る

 目の前には四天王が立っている。

 その後ろには棍棒をもった怯えた目の領民たちがいる。


 アリエスはどこにいる?

 ラランは四天王たちから目をそらさずに探した。

 どこにいる?

 わからない。


「よう、ララン」


 ディーノが一歩前にでた。

 手には剣を持っている。


「よう、ディーノ。

 うちのお姫様はどこだ。返せ」

「……ミア!」

「なに?」

「お姫様を連れて行け!

 ラランは俺とガドンだけで倒す!」

「ガドン、いないけど」

「は? え? はぁ!?」


 ディーノはミアを振りかえりこそしなかったものの、

 相当驚いているようだ。

 そりゃそうだろう。

 土壇場で頼りになる仲間が一人いなくなったのだ。

 ちなみにガドンがどこかへ行くのは、

 ラランにも見えていた。

 この集団をかきわけ、城壁の上を走って逃げたのだ。

 理由は不明だが、ラランにはありがたかった。


「嘘だろ、叔父貴!?」

「どうすんの? ステラ様連れて行こうか?」

「ダメだ、無理無理!

 一人じゃ勝てねえ。時間稼ぎも無理だ!

 援護してくれ!」

「情けないわねえ」

「冷静だと言え!

 おい、ステラ様を抱えてる奴ら!

 お前ら、どっか行け! 邪魔だ!」

「こいつを殺せばいいんだろ!」


 領民の一人が言った。


「こいつを殺せば!」

「ダメだ!!」


 今度はディーノが激しい剣幕で怒鳴ると、

 彼らはうっとひるんだ。


「ステラ様は殺すな!

 殺したら俺がてめえらをぶっ殺す!

 いいな、殺すな! わかったら行け、走れ!」


 ディーノが怒鳴ると、

 領民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 アリエスがどっちへ行ったのかだけ確認すると、

 ラランはうなるように言った。


「……話は済んだか」

「ああ。もういい。待たせたな」


 その言葉を合図にしてディーノが剣を構え、

 ミアがほうきにまたがり宙に浮いた。

 ラランはゆっくりと左へ移動した。

 そちら側へアリエスが連れていかれるのを見たからだ。


 ラランは焦る気持ちをおさえた。

 今回はわざと間合いを崩すような真似はできない。

 あれは二度目だし、

 前回でそもそもディーノには通じないとわかった。

 しかし、何か手を打たなければならない。

 ミアはすでに空を飛んでいる。

 いつ魔法を撃ってきてもおかしくない。

 こちらが圧倒的に不利だ。

 どうにかしなければ、ジリ貧だ。


 そうは思っていても、打開する方法は無い。

 そうこうしているうち、

 ミアがラランの背後に回りこもうとする動きを見せた。

 ディーノの後ろにいても魔法が撃てないからだろう。

 ディーノの陰から出ることにしたらしい。

 正面をディーノににらまれている今、

 ミアに背後に回られるとラランには打つ手がない。

 破れかぶれでどちらかに攻撃するくらいが関の山だ。

 失敗すればそれまでだ。

 仕方ない、とラランは覚悟した。

 悟られないよう、タイミングを定め、焦りを殺す。



 全身全霊、最速で刀を振るった。



 ディーノはずっと不動だ。

 防御するように剣を正面に構えている。

 むこうは二対一なのだから無理に攻める必要はない。

 防御に徹し、ラランがバランスを崩したところで、

 どちらかが攻撃すればいい。

 それだけで勝てる。

 どれだけ不意を突こうとも防御に徹している相手に、

 ダメージを与えることは難しい。

 ディーノほどの手練れともなればなおさらだ。


 ただ、ラランが狙っていたのはダメージではなく、

 不意を突くことそのものだった。


 果たして、不意打ちは成功した。

 あまりの剣速にディーノは目を見開き驚いた。


 しかし、攻撃そのものは止めている。

 斬られないよう、刃筋をずらされている。

 ディーノの剣を斬ることはできない。


 だが、目的はそこではない。

 ラランはさらに一歩踏みこみ、

 ディーノを力任せに押しこみ、一歩下がらせた。


 よし、これでいい。


 ラランは左へと、力を抜くようにして駆け出した。

 ディーノも一瞬遅れて体勢を立てなおし、追走する。

 ミアは、完全にラランの死角に回りこんだ。

 なにやら呪文を唱えている声が風に乗って微かに聞こえる。

 まずいな。追い風なのか。


『……降りそそげ、炎の雨(ノトア・ヘィゼ)


 呪文の最後が聞こえた。

 振りかえると、大きな火の玉が降りはじめていた。

 すぐそばを通り過ぎたものは、

 握りこぶしほどの大きさに見える。

 火の玉は地面に当たると、

 砕けてパチパチとはじけて消えた。

 ラランの周囲5メートル以内にそんな火の玉が、

 降りそそいだ。


 ラランはとりあえず顔面にだけは当たらないよう、

 降ってくる火の玉を斬った。

 後ろ向きに走りながら、斬り落としてく。

 腹や足にいくらか当たったが、

 ちょっと熱い程度で大した威力はなかった。

 ディーノが近くにいるからだろうか。


「熱っつい! ミア! 俺にもあたってるぞ!」

「当ててるのよ」

「おかしいだろ、それは!」


 よくわからないが、大した威力ではなくて助かった。


 さっきもアリエスを殺さないよう言ってくれたあたり、

 彼らはおそらく本気ではない。

 ラランをどう思っているかはわからないが、

 アリエスを本気で殺そうと思っていない。

 もしかすると命令が変わったのかもしれないが、

 そうではないとすれば、

 彼らもビルハイドに不信感を抱いているのだ。


 炎の雨が止まった。

 ラランはその隙にアリエスを探した。

 見つけた。

 約20メートル先を引きずられるようにして走っている。


 これは賭けだ。

 ディーノとミアの迷いがどれほどか、という賭け。

 このまま二人に背を向けてアリエスに全力疾走しても、

 魔法で撃ち殺したりはしないかどうか。

 そういう賭けだ。


 ラランは、しない方に賭けることにした。

 根拠はない。

 二人なら、攻撃してこない気がした。それだけだ。


 数秒間、わき目もふらずに走った。

 あと少しで刀が届くという距離で、

 アリエスがファリオに逆らってこちらを振りむいた。

 アリエスは縄でしばられた手を突きだす。

 ラランはにやっと笑って叫んだ。


「さすが、おれのお姫様だ!」


 ラランは刀を抜いてアリエスの手に巻かれた縄を斬った。

 もちろんアリエスの手は無傷だ。


 ラランは、アリエスの剣をなげた。

 アリエスは空中でキャッチして、ファリオに突きつけた。


 アリエスは、もう大丈夫だ。

 ラランは、ディーノとミアを振りかえった。

 そのままディーノへ向けて突撃をかける。

 ファリオがひるんだのを見て、

 アリエスも踵を返してラランを追いかける。

 ラランはミアの杖が震えているのを見た。

 ディーノがミアをかばうように前に出て、剣を構える。

 動揺している。

 いまなら勝てる、とラランは確信した。


 ラランは必殺の間合いに踏みこみ―――。


「待ったァ!!」


 ……踏みこんで、止まった。

 ディーノも動かない。

 ラランは、ギリギリまで踏みこんでいた足をひっこめ、

 二歩下がってから、叫び声の主を振りかえった。


「なんだよ、アリエス。心臓に悪いぞ。本当に」

「大丈夫だよ。……まだ動いてるでしょ?」

「お前、おれに似てきたか?」

「そんなことないよ。失礼だな」

「どういう意味だ、そりゃ」


 こほん、とアリエスは咳ばらいをした。


「ディーノ、ミア、話をしよう」


 ラランは視界の端で、雲の切れ間から光が差すのをみた。

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