街角にて
アリエスとファルは兵士たちにつきそわれ、
隠れ家になるアパートへと移動していた。
人通りは少ない。
この辺りは比較的安全だが、
今は街のあちこちで暴動が発生している。
人手が少ないのは当然だった。
「えーと、次はなんだっけ……」
「……」
「あ、そうか。雛鳥よ、生まれ出でよ……だっけ?」
「……」
「ねえ、アリエス、聞いてる?」
「……」
ファルの問いかけにたいする返事は聞こえなかった。
振りかえると、アリエスは城の方を心配そうにみていた。
「ねえ、アリエス!」
「わっ、ごめん、なに?」
ファルはあきれた様子でため息をついた。
「そんなにラランが心配なら、
もっと必死で頼めばよかったのに」
「しっ、心配なんかじゃないよ!」
「じゃあ、なんなのさ」
アリエスはあたふたと手を動かして説明しはじめた。
「だから、あれだよ、そう、心配なのは、クィナ」
「はいはい」
「も~~~っ……!」
「アリエス様、ファル様、もう少しその、お静かに……」
「あ、すみません……」
護衛の兵士の一人にいわれ、
アリエスはぺこっと頭を下げた。
ずいぶんと腰の低い貴族だな、と兵士は思った。
彼らはアリエスの正体を聞かされていなかった。
とはいえ『ステラ姫を渡せば壁を取り除いてやる』と、
宣言されているカストルム内での、
貴族の護送任務である。
アリエスの正体を察していないのは、
五人の兵士のうち、彼だけだった。
「おーい、ファル!」
「兄貴?」
通りの反対側でファリオが手を振っていた。
馬車が来ていないことを確認し、通りを渡ってくる。
兵士たちが緊張した。
「そこのお前、止まれ!」
「うわ、なんだあんたら? 誘拐か?」
「違う!」
「ちょっと! やめてくれよ、おいらの兄貴だよ!」
兵士はファリオが近づけないよう、
二人がかりで通せんぼしている。
アリエスは、ファルとファリオと兵士を順番にみた。
「すみません、この子のお兄さんですので……」
「いえ、ダメです。誰も同行させないよう、
我々は命令を―――」
「うがっ」
がちゃん、と鎧が崩れる音がした。
振りかえると最後尾にいた察しの悪い兵士が倒れていた。
すぐそばには息を切らし、棍棒をもった男が立っている。
「取り押さえろ!」
アリエスのすぐそばにいた男が叫ぶ。
その隙に、ファリオが兵士たちの間をすり抜けた。
「あっ!?」
「動くな!」
ファリオがアリエスの後ろに回りこみ、
小さなナイフを首元に突きつけていた。
「兄貴!? わっ!」
アリエスに気を取られた隙にファルも腕をつかまれた。
もっとも、これには兵士も気づいた。
棍棒をもった男が兵士にぶん殴られ、
倒れて大の字になった。
しかし、男が倒れた先の路地裏から、
男たちが何人も走り出てくる。
ぎょっとして身を固くした兵士に棍棒で襲いかかる。
「ファル、逃げて!」
アリエスの叫びをきいて、
ファルはわけもわからず駆け出した。
兵士と男たちの隙間をぬって抜け出す。
「追え! 逃がすな!」
四人のうちの一人がファルを追いかけ始めた。
兵士たちは取っ組み合っていて手が足りない。
アリエスの近くの兵士たちはファリオに剣をむけている。
「彼女を放せ!」
「うるせえ! お前ら下がれ!」
「ねえ、ファルのお兄さん、この手を放してくれない?」
アリエスが優しく呼びかけるが、
ファリオはアリエスを強く引っ張った。
「お前は黙って大人しくしてろ!」
「ファルをひどい目に合わせるつもり?
お兄さんなのに?」
「あれは……俺は聞いていない。
彼らは自分で考えてそうしてるんだろう」
「まるで他人事だね」
「ファルが死ななければ、俺はそれでいい」
通りの向こうからファルを捕まえた男たちが歩いてきた。
ファルはじたばたしているが、逃げられないようだ。
男が叫んだ。
「おい、親殺しの姫と、兵士ども!
この子供の腕をへし折られたくなかったら、
大人しくするんだな!」
男たちは十人以上いる。
四方からゆっくりと近づいてきた。
残っている兵士は二人だけだ。
隊長はすでに倒れている。
彼らは判断をあおぐようにアリエスを振りかえった。
アリエスはうなずいた。
「仕方ないね」
アリエスはベルトごと、腰に下げていた剣を外した。
剣は乾いた音をたてて地面に転がった。




