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窓の外

 カストルムが壁で囲われてから三日たった。


 ラランは刀をクィナに直してもらった。

 ついさっき終わった。

 折れた刀を治してもらおうと、

 鍛冶屋に持って行っても門前払い同然だったのだが、

 クィナが魔法で直してくれた。

 あっという間ではなかった。

 クィナはなんでもできるが、魔力が少ない。

 魔力の回復を待たなければならず、三日かかった。

 その間、ラランは日課の素振りができず、

 ずっとイライラしていた。

 アリエスに「そこらへんの剣でやれば?」と言われても、

 頑として首を縦に振らなかった。

 いわく「変なクセがついたら困る」とのこと。

 だから壁についてどうするか、

 という話をしたって身が入らない。

 アリエスはああだこうだと色々考えるのだが、

 どうにも上手く考えをまとめられなかった。

 ラランの考えを借りたかった。

 ラランが一緒なら答えにたどり着ける気がしていた。


 刀が直ったあとのラランの喜びようはすさまじかった。

 クィナが刀を持ってくるや、飛び上がって喜んだ。

 飛び上がった拍子に部屋の天井に頭をぶつけ、

 寝違えたように首が少し曲がった状態で、

 にやにやと笑いながら刀を受けとったほどだ。

 これにはさすがのクィナも引いた。


 良い話、というか笑い話はそれくらいだった。

 あとは悪いニュースばかりだ。


 四天王は城壁に居座り続けている。

 カストルム伯は昼夜を問わず攻撃を仕掛け続けているが、

 いまのところ、いい知らせは聞いていない。

 どうやら交代で睡眠をとっているらしい。

 片方が戦っている間、もう片方が眠っているという。

 アリエスはそれを聞いて感心したが、ラランに教えると、

 すました顔で「それ以外無いだろ」と言っていた。

 アリエスはなんだかムカついたので、

 寝ている間に顔に落書きした。

 あれから三日たつが、ラランはまだ気づいていない。


 領民と兵士たちの対立は日に日に強まっている。

 女たちの井戸端会議が、

 男たちの酒場でのケンカになり、

 声高に領主への異を唱える者が道を練り歩き、

 徒党を組み、

 兵士たちに突っかかり、

 不安に駆られた兵士たちが彼らを殴り、

 姫を引き渡せと小さな暴動が起きている。


 城から見ているとよくわかる。

 数時間おきにどこかから大勢の怒号が聞こえてくる。

 煙があがる。

 誰かの血が流れている。


 アリエスは窓の外を眺めていた。

 正面の通りで兵士たちと住民が衝突している。

 家具や家を壊して手に入れた角材などの、

 粗末な武器で兵士たちと戦っている。

 兵士たちは武器を使わないよう、

 カストルム伯に厳命されているため素手で応戦している。

 鎧は着ているが、武器は持っていない。

 鎧があっても、重い木の棒で殴られれば、

 ただでは済まない。

 数も住民たちの方がはるかに多い。

 今はまだ暴動の規模も大したことはないが、

 数は日に日に、時間を追うごとに増えている。

 明日はわからない。

 姫様が引きずり出されるついでに、

 自分たちも殺されるのではないか。

 そうでなくともこのまま飢え死にするのではないのか。

 そんな不安が兵士たちにも蔓延しているような気がする。


 窓から眺めていて、アリエスはそんな風に思った。


 カストルム伯は必ず解決して見せる、

 姫様は安心してここにいて下され、

 と言っていたが正直なところ、

 アリエスはあまり期待していなかった。

 問題は、街を囲んでいる壁だ。

 また壁だ。アリエスはうんざりしていた。

 ラランとファルも同じだった。

 クィナだけが平気な顔をしていた。

 千年も壁に囲まれていた彼女にとっては、

 この方がむしろ落ち着くのかもしれない。


 問題は壁であり、

 壁の内側と外側の行き来が阻まれていることにある。

 食料と飲み水の供給が断たれ、

 カストルムの中の人々は閉じこめられている。

 食べ物がない。

 外に出られない。

 そのために住人は取り乱し、兵士たちは浮足立っている。

 街中の人間が「姫を引き渡せ!」と騒ぎ立てている。

 アリエスの名前ばかり叫ばれているところをみると、

 ミアは忘れられているのだろう。

 それを彼女ミアがどう思っているのかわからないが、

 羨ましいとアリエスは思った。


 どう決着をつけるべきなのか?

 どうすれば決着がつくのか?


 問題は壁なのだから、これが壊れればよい。

 選択肢は、

 ①アリエスとミアを四天王に引き渡し壁を開けてもらう。

 ②ミアを説得し、壁を開けてもらう。

 ③トンネルを掘るなどして、ミアに頼らず壁を克服する。

 こんなところだろうか。


 ①の壁の除去については、

 最も可能性が高いが同時に最も避けたい選択肢だ。

 言うまでもなく最後の手段だろう。


 ②は次に可能性が高い。

 けれども、上手くはいっていないようだ。

 説得はカストルム伯がおこなっているため、

 直接の様子はわからないが、芳しくはないと聞いている。

 問題は、ミアを説得するためには会話する必要があるが、

 魔法使いである彼女のさるぐつわを、

 外すのは非常に危険だということにある。

 魔法使いは呪文を唱えることで魔法を使うことができる。

 文字を書いても同じで魔法を使用される恐れがあるため、

 筆談という形式を取ることもできない。

 都市を丸ごと囲む壁を短時間で作る魔法使いだ。

 牢を破るどころか、城を破壊するくらい朝飯前だろう。

 残念ながら説得作業は全くと言っていいほど、

 進んでいないようだった。


 ③は現実的な手段が存在しない。

 壁の破壊については兵士たちや住人たちが試していて、

 現実的には無理だとわかっている。

 ツルハシやらシャベルなどで、

 どれだけ叩いても傷一つつかないそうだ。

 おそらく、バンダリーで見た国境の壁よりも、

 強度が上がっているのだろう。

 国境の壁はミアが一人で十日かけて作ったそうだ。

 国境に比べれば今回の壁はせいぜい十数キロメートルだ。

 時間的に何倍も余裕のある作業だったのだろう。

 地下にトンネルを掘るのもダメらしい。

 地下にも壁が続いていたそうだ。

 どこまでかは聞いていないが、

 これ以上掘るのは無理と断念するくらい、

 続いていたのだろう。

 投石機で力づくで破壊するという話もあったそうだが、

 元々の城壁とミアの作った壁の間隔があまりにも狭く、

 有効なサイズの投石機は設置できないそうだ。

 とにかく、あれもダメ、これもダメ、という状況なのだ。


 ただ、アリエスはほのかな期待を抱いていた。

 不可能を可能にしてくれそうな人物に、

 心当たりがあったからだ。

 二人ほど。


「あん? 壁を斬ってくれないかって?

 そりゃ無理な話だ」


 そのうちの一人であるラランは、

 アリエスの頼みをあっさり断った。

 アリエスは口をとがらせてにらんだ。


「どうしてさ。刀が折れたらイヤとか言ったら、

 カストルム伯に頼んで折ってもらうけど」

「り、理不尽すぎるだろ、それは……。

 ちげえよ。斬れねえってわかってるから、斬らねえんだ。

 こ、これは折れたらイヤ、には入らねえよな?」

「もしかして壁を斬れるか見てきてくれてたの?」


 アリエスの問いかけにラランはうなずいた。


「そりゃな。

 ツルハシでぶったたいて感触を確かめてきた。

 刀が直った今でも、折れる前でも、あれは斬れねえな」

「そっか……」

「クィナには聞いたのか?」


 ラランは心当たり二人目の名前を出した。


「まだだよ」

「あいつが無理だと言ったら、多分どうにもならない。

 その時は……みんなで心中だな」


 ラランは冗談めかした口調で笑って言った。

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