要求
「ララン!?」
ラランがクィナに肩をかりながら帰ってくると、
城門前にアリエスたちがいた。
カストルム伯もいる。
アリエスはラランに近づくと、
どういうわけか額に手を当てた。
ラランには「風邪じゃねえよ」と言い返すだけの、
気力は残っていなかった。
「大丈夫、ララン!?」
「アリエス、」
ラランではなくクィナが死にそうな声をだした。
「代わってくれ。お、重い……」
「え、わ、わかった。休んでて」
「助かる」
アリエスに役目を交代したクィナは、
悔いのない顔でその場に倒れこみ、
ファルが駆け寄る頃にはすやすやと寝息を立てていた。
「寝ちゃった」
「寝かせてやれ。クィナは、よくがんばってくれた。
……ところで、アリエスは、なにをしているんだ?」
「え?」
アリエスはまるでボディチェックするように、
ラランの身体を触っていた手を止めた。
「ケガしてないかなって」
「聞けばいいだろ」
「しんどそうだったから」
「しゃべるくらいは、できらあ……」
「やっぱり元気ないじゃん。早く休まないと」
「ああ、それはそうだが、少し待ってくれ。
カストルム伯、少しいいか」
「なにかな」
ラランとアリエスのやり取りを少し離れたところで、
複雑そうな表情で見つめていたカストルム伯を、
ラランは呼んだ。
「壁を作っていた魔女を捕まえた。交渉につかってくれ」
「わかった。感謝する」
「殺さねえよな?」
「君に関係のあることかね?」
「大ありだ。今後一生、おれの寝覚めが悪くなる」
「わかった。殺さないよう、努めよう」
「努める? それはどういう―――」
「ララン、」
少し声を荒げかけたラランを、アリエスが遮った。
「いまのは、カストルム伯なりの誠意だから。
領主の立場で断言することこそ、ウソだからね?」
「そうなのか?」
「そうなの」
ごほん、とカストルム伯はわざとらしく咳払いした。
ラランは頭を下げた。
「すまねえ」
「いい。こちらこそすまない。
だが、やはり断言はできん。
それでも引き渡してくれるか?」
「ああ」
カストルム伯が合図すると、
近くにいた兵士がラランが担いでいたミアを受けとった。
そのとき、都市全体に声が響いた。
それは魔法で拡大されたディーノの声だった。
『あー、あー、聞こえているか、カストルムの諸君。
我々はリリーボレア王国軍である。
さきほど、カストルムの周囲を壁で囲わせてもらった。
しかし、不安に思う必要はない。
これはちょっとした交渉材料にすぎない。
君たちの領主が大人しく、
我々王国軍の要求をのみさえすれば、
この壁はすぐにでもとり払おう。
なあに、作ったのもあっという間なんだから、
壊すのもあっという間さ……』
「なんだこれは?」
カストルム伯は眉をひそめ、周囲をみわたしている。
声の主を探しているらしい。
近くにいた兵士に命令する。
「おい、誰の仕業だ。探し出して、捕まえろ!」
「カストルム伯、城壁にいる男だ。
そこにいる四天王の一人が言ってるんだ」
「四天王だと? 彼らが来ているのか!?」
「ああ、たぶん四人全員いる。
そいつも含めてな。
一人は手足を斬り落としておいたから、
健在なのはあと二人だ」
「な、は……?」
情報量が多かったのか、
カストルム伯はしばらく沈黙していたが、
やがて首をふって気を取り直した。
「ともかく、あと二人なんだな?」
「ああ、そうだ」
「君の貢献に重ねて感謝する」
「そりゃどうも」
『我々の要求は二つだ』
カストルムの住人を安心させるため、
精神的に味方につけるための長い前置きが終わり、
ディーノの口調が変わった。
ララン達は再びそちらに耳を傾けた。
『一つ目。
壁をつくった魔女を引き渡せ。
彼女を拷問でもして壁を壊してもらうつもりだろうが、
彼女はそんな暴力には屈しない。
非道な行いをする前にやめ、彼女を返すことを勧める。
壁を壊す手段をみずから放棄するようなことは慎まれよ。
二つ目。
国王暗殺未遂事件の首謀者であるステラ姫を引き渡せ。
カストルム伯、
貴公が姫をかくまっていることは、調べがついている。
姫をかくまい、どうするつもりかは詮索しないが、
無駄な夢は持たないことだ。
領主としての務めを果たされよ。
みずからの領民が飢えて死んでもかまわないなら別だが。
要求は以上だ。
我々は西側の城壁にて待つ。
色よい返事を期待している』




