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ひた走る

 城の尖塔から落下しながら、

 クィナは「箒がないと飛べない」と言い、

 しゅんとうなだれた。


「ごめん、」

「いやそんなんは、」

「クイナがもっと気をつけてれば、」

「いい! クィナ!」

「うん」

「刀じゃダメか! 箒の代わり!

 っていうか、頼む! どうにかしてくれ!」

「ん」


 ラランは近づいてくる地面を見つめながら、

 クィナに刀を差しだした。

 クィナは刀にふれ、呪文を唱えた。


お前は箒(ラ・ミニア)。|天地を別ち断つほうきエニア・ラノラ・ミニアノーラ


 刀がすこし温かくなったように感じた。


飛べ(フィリル)


 クィナがもう一度呪文をつぶやくと、

 ほうきはぐい、とラランの手を持ち上げた。

 まるで力強い鳥のように、

 落ちていく二人を宙に引き留める。

 ラランの手を振り払うほどに強く飛ぼうとする刀を、

 必死でつかみつづけた。

 秒数など、もはや数えている余裕はない。

 ふと、気づけば地面が目の前に迫っていた。


 慌てて、足を前に出す。


 乱暴に押し付けてくる平面に、

 どうにか乗ろうと試みる。

 勢いの止まらない地面に、

 さらに一歩踏み出し、前に出る。


 耐えた。

 どうにか、耐えきった。


 落ちないように、転ばないように気をつけて走る。

 転がるようにして、城の中を走って行く。


「助かった」

「ん」

「あと何秒残ってる?」

「わからない」

「そうか。飛べなくなったら、どうなる?」

「落ちる」

「落ちる前にどれくらい持つか、わかるか?」

「ごめん」

「わかった。いい。謝るな」

「ん」


 クィナは少し力をぬいてラランの首にしがみついた。

 兵士たちは城壁の外に生える壁に目がいっている。

 ラランは彼らの合間をぬって走り抜けた。

 久しぶりに本気だった。

 息切れも追いつかないほどの速さを出している。

 終わったら動けなくなるだろうな、と思いながら。


 城門を抜け、ゆれる跳ね橋を渡った。

 城の外に出て、ラランは一度立ち止まった。


「ど、どっちだ……?」

「あっち」

「よし」


 ミアは城壁の東側あたりにいた。

 つまり、すでに壁を半分作り終えていた。

 ラランが足を東にむけると、髪をクィナが引っ張った。


「あたたたた! なにすんだ!?」

「ラランのばか」

「なんだと?」

「あの魔女は速い。最後の方で待ち伏せすべき」


 クィナは西を指さしていた。

 ラランはしばらく呼吸を整え、うなずいた。


「そうだな。その通りだ」



 ***



 ラランはクィナをかついだまま城下街をひた走った。

 坂を駆け下り、

 馬車の間をすり抜け、

 人混みをさけて屋根の上を走り、

 水路を跳び越え、

 ようやくのこと、城壁の前まで来た。


「はあっ、はあっ……」

「大丈夫か、ララン?」


 玉のように汗をかき、

 全身で息をしているようなラランに、

 クィナは心配そうな目をむけた。

 ラランは返事をしなかった。

 かわりに城壁を指さした。


「なに? 魔法で飛び越えるってこと?」


 ラランは膝に手をついたまま、うなずいた。


「そろそろ、あの魔女も戻る頃だ。

 そのまま戦うことになるかもしれない。

 ……本当に、大丈夫か?」


 ラランは振りかえった。

 あえぎながら、クィナをにらむように見る。


「それでも、行かなきゃ、ダメだ」

「クィナは戦えないぞ」

「知ってる」

「そうか」


 クィナはため息をついた。

 再び刀に【飛翔】の魔法をかけ、

 ラランたちは壁を駆けあがっていった。


 その先に、魔女だけではなく、

 黒獅子騎士団四天王が勢揃いしているとも知らずに。

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