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一つの戦争

 屋根から頭だけを出して、

 窓から部屋の中をのぞきこみながら、

 糸目の男が、ひひひ、と声を殺して笑っている。


「やーーーっと来たんですねぇ、お姫様方……?」


 カストルム伯の執務室の窓の少し上の屋根に、

 その男は腹ばいになっていた。

 つまり屋根にはりつき、今にも落ちそうな格好で、

 窓から執務室の中をのぞいていたのだった。


 ここで少しカストルムについて説明する。

 カストルムは古い都市である。

 街の周りはぐるりと城壁でおおっている。

 百年以上前に一度仕事をしたきりの壁だったが、

 いまでも壊されることなく街の象徴として残されている。

 街の中心には同じく象徴のように伯爵の居城があり、

 そこで伯爵をはじめ多くの兵士たちが働いている。

 執務室は城の最上階にも等しい位置にあった。

 窓から下をみれば目がくらみそうなほど、

 高い場所にあるのだ。


 そんな場所で、糸目の男は命綱もなく、

 急こう配の屋根から頭を突き出しているのである。

 男は魔法使いではない。魔法は使えず、空も飛べない。

 落ちれば死ぬ。


「ひぃふぅみぃ……、五人か。

 カストルム伯に、姫様、あと三人は……。

 見ねえ顔だぁ。

 たしか、男と子供と、もう一人って話だが……。

 子供は二人いるなぁ、わかんねえなぁ」


 ぶつぶつとつぶやきながら、

 いびつな体勢で窓から部屋の中をのぞきこんでいる。

 全員の顔を確認すると、頭をひっこめた。

 今度は、屋根瓦に耳をぴたりとあて、

 会話を聞こうと神経を集中させる。


「んんん……? よく聞こえねえなあ。

 あ、ああ、いやちょっと待て、ここがいいか……?

 いや、こっちか……?」


 男は耳を屋根に押し付けたまま、

 四つん這いのような格好で動き回っている。

 果てしなく気味の悪い光景だが、さらに奇怪なことに、

 男がいくら動いても物音ひとつしなかった。


「ああん、ここだな、ここがいい。

 ささあ、何を話してる……?」



 ***



「姫様。我が兵士たちはみな志を一つにしております。

 あなた様がいらっしゃるとわかれば、

 皆いくらでも命を捧げてくれましょう。ご命令を」

「伯爵、す、少しお待ちください」

「は。これは、性急過ぎましたな。

 心支度もありましょう。ご随意に。

 ですが、お忘れなく。いずれは決めねばならぬことです」

「わかっています。わかっていますが……」


 アリエスは迷っているようだった。

 顔色が悪い。呼吸が少し浅いようだ。

 おそらく、少し怖いのだろう、とラランは思った。

 ビルハイドと戦うことが怖いんじゃない。

 自分が進めと言ったせいで誰かが死ぬのが怖いんだ。

 アリエスは、死ぬ覚悟はできているが、

 自分以外の誰かが死ぬ覚悟まではできていない。


 アリエスは深呼吸して、眉をひそめ、言った。


「すみません、カストルム伯。

 しばらく考えさせてはもらえませんか?

 考えを整理したいのです」

「……よろしいでしょう」


 カストルム伯はやや間を置いて、うなずいた。

 彼としては一刻も早く城に攻め込みたいのだろうな、

 とラランは感じた。

 彼は、早く攻めこみ、早く終わらせたいのだ。

 この息のつまるような毎日がうんざりだ、

 とうなずく前の一瞬に顔に浮かんでいた。


 カストルム伯の案内で、

 アリエスたちは執務室の近くの客間にうつった。


「姫様、私はさきほどの部屋におります。

 いつでもお声がけください。それでは……」


 カストルム伯が出て行くと、一同は誰からともなく、

 深々とため息をついた。

 ラランなどは、ごきごきと首まで鳴らしている。


「ああ、肩が凝ったぜ」

「ごめんね、なんだか大ごとになっちゃって」

「構いやしねえよ。お前のせいでもねえ。

 というか、これがお前の望んでいたことじゃねえのか?」

「うん、そうなんだけど……」


 アリエスは言葉をにごした。

 望んでいたはずだったが、

 たどりついてみれば何かが違う、

 といったところだろうか。

 アリエスの望みは本人にしかわからないし、

 一人で結論を出したそうな雰囲気だ。

 ラランは、眉間にしわをよせているアリエスは、

 放っておくことにした。

 客間の中央においてあるソファにどさっと腰掛ける。


 ソファは二つあった。

 三人が余裕で座れるサイズのものが二つ。対面に。

 ラランはそのうちの一つに寝そべるように座ったのだ。

 つまり、ソファが一つ、ララン一人に占領された。


「あっ! ララン、ずるいよ!」ファルが叫んだ。

「おいらもそれやりたい!」

「やりゃあいいじゃねえか」ラランは笑った。

「そっちを占領すりゃあいい」

「おいら、そんなに恥知らずじゃないよ」

「そうか、じゃあ、我慢するんだな」

「う~」


 ファルがラランをにらんで、

 悔しそうにうなっていると、クィナがその隣をスッと、

 すり抜けてソファに腰掛けた。

 最初は普通に。

 しかし、徐々に姿勢が崩れてラランのように、

 寝そべるような格好になった。

 その表情は仏のような、

 なんとも言えない笑みをたたえている。


「いいソファだ。これはクィナにぴったり」

「クィナまで! ウソだろ!?」

「早い者勝ち。このソファは、クィナのもの」

「そうだぜ。早い者勝ち。このソファはおれたちの……」


 ラランはそこで黙った。

 自分の顔を見おろしている誰かに気づいたからだ。

 アリエスだ。アリエスが無表情で彼を見つめていた。


「なにしてるの?」


 アリエスは上の空のような、ぼんやりとした声で言った。

 おそらく、考え事をしていても、

「ファルがピンチ!」センサーが反応したのだろう。

 アリエスはラランの返事を待たず、

 ラランの脳天に拳骨をくらわせ、ふらっと隣に腰掛けた。


「え、おいらのために席を開けてくれたんじゃないの?」


 ファルが責めるように口をとがらせると、

 アリエスは相変わらずのぼんやり顔でクィナを見つめた。


「クィナ?」

「仕方ない……。クィナはばかじゃないからな。

 仕方ない……」


 クィナはぶつぶつ言いながらソファに座り直し、

 ファルのスペースを空けた。

 どうぞ、とクィナがうながすと、

 ファルは勝ち誇った表情で腰を下ろした。


 一呼吸あって、アリエスが言った。


「よし、決めたよ。やろう。

 カストルム伯と一緒に戦うんだ」

「そうか。決めたんだな、アリエス。

 わかった。おれたちはそれについていく。

 それはそうと……。

 ソファの取り合い直後に決めたのはどういうわけだ?」

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