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牛飼いベリー

 英雄祭の本戦に残るのは八名だが、参加者は百名近い。

 その大半はラランのように無名の剣士や戦士だったが、

 中には有名な「優勝候補」もいた。

 彼らは予選でつぶし合うことの無いよう、

 バラバラに振り分けられている。

 予選でつぶし合っては、本戦がつまらないからだ。

 実質的に本戦の顔ぶれは、

 ほぼ事前に決まっていると言ってよかった。


 さて、今回の英雄祭の優勝候補たちについて、

 少し説明しておこう。


 牛飼いベリー。

 職業は木こり。

 怪力であり、暴れ牛を正面から抑えこんだことから、

 こう呼ばれるようになった。

 羊飼いの友達がいる。


 忍ぶ影ハットリ。

 ニンジャという、どこぞの国の諜報組織の末裔らしい。

 いると思えばおらず、いないと思えばいる、らしい。

 趣味は編み物。


 隠遁賢者オーベール。

 昔は宮廷魔術師だったといわれる老人。

 噂であり、誰かが調べたわけではない。自称ですらない。

 たまに子供と遊んでいる姿を目撃される。


 新進気鋭の冒険者リゼル。

 最近頭角をあらわし始めたイケメン冒険者。

 近所のダンジョンを単騎で攻略したそうだ。

 女癖が悪い。


 蛮族レオノア。

 各地の戦場で戦ってきた凄腕の傭兵。

 これといって突出した特技はないが、

 人殺しの技術、経験、覚悟には目を見張るものがある。

 二児のパパ。


 老戦士グランハルト。

 主君を失って各地を遍歴する旅の騎士。

 正々堂々を旨とし、人を殺したことはないと公言するが、

 竜を殺したという噂については肯定も否定もしていない。


 青の魔女ハイベル。

 年齢不詳の魔女。

 自分の足で歩かずに、地上すれすれを箒で飛んでいる。

 スピードの出し過ぎとよく村長に注意されるが、

 事故を起こしたことはない。

 寝る時はうさぎの刺しゅうのナイトキャップをかぶる。


 破戒僧モズ。

 3メートル近い巨漢。

 信心深いが、酒を飲み肉を食い女遊びに興じるために、

 破戒僧になった。癒しの魔法が使えるので、

 医者の真似事をして暮らしている。

 昨日、飲み過ぎたらしい。


 この八名が「優勝候補」と呼ばれていた。

 そして、ラランは「牛飼いベリー」のいる組だった。



 ***



 ベリーは圧倒的だった。

 鎧を着こんだ相手には、

「私の攻撃が防げると思うか?」と尋ね、

「防げる!」とこたえた相手の盾を叩き潰した。

 魔法を放つ相手には、

「私に通用すると思うか?」と尋ね、

「もちろん!」とこたえた相手の魔法を拳ではじいた。

 剣を持った相手には、

「私を斬れるか?」と尋ね、

「斬れる!」とこたえた相手の剣をつまんでへし折った。

 ちなみに「無理だ」とこたえた相手は、当然棄権した。


 そして、予選会を最後まで勝ち抜き、

 ベリーの相手として立ったラランにも同じことを尋ねた。


「君は、私を斬れるか?」


 ラランはこたえる前に刀を抜いて刃を地面に突き刺し、

 さやをもったまま腕を組んだ。


「斬らねえ!」

「む? 斬らねえ? 斬れねえ、ではなくか?」

「斬ったら、おっさん死んじまうだろうが。

 おれは、人殺しはしねえんだ。趣味じゃねえ」

「ふ……。趣味じゃない、か。

 なるほど。面白い……」

「き、君! またか! 正気か!?

 この人相手に武器無しなんて……!」


 まくし立て始めた審判だったが、

 ベリーは手を上げてそれを制した。


「審判殿のいうとおりだ。君はその鞘で戦うつもりか?

 それでは私にとって有利過ぎる。

 失礼だとは思わんのか?」

「仕方ねえだろ。斬らねえんだから、刀なんか使えねえ」

「ふーむ、では一つルールを設けよう。

 その鞘で私を叩けたら……、

 その鞘はずいぶんと長いな……、なしだ」

「……なんなんだよ、まったく」

「よし!」


 ラランが退屈そうに頭をかいていると、

 ベリーが手を打った。

 虎も飛び上がって驚きそうなほど大きな音が鳴った。


「私の身体に君が触れれば、それで君の勝ちとしよう!

 どうだ!」

「ああ、それでいいぜ。おっさん」

「よし!」


 ベリーは「これで決まりだ!」と手を叩いた。

 そのせいで近くにいた者の鼓膜はびりびりと震えた。

 審判はラランとベリーの顔をみながら、

 おそるおそる手を振り下ろした。


「で、では試合、開始っ!」


 ベリーは、いきなり右腕を後ろに振りかぶった。

 みしみしと筋肉が音をたてて強ばる。

 ラランは全身の毛が逆立つような恐怖を覚えた。


 ……これを食らったら間違いなく、死ぬ。


 ラランは全身の血が駆けめぐるのを感じた。

 目を血走らせ、歯を剥きだしにして、笑う。

 ああ、ここに来てよかった!


 巨大なベリーの腕が、

 致命的な量の運動エネルギーを伴って伸びてくる。

 情け容赦など一切なく、ラランの顔面めがけて。

 ラランは嬉しかった。

 ベリーの向けてくる殺意には、

 今まで見たことのない純粋さがあった。

 その拳は確実にラランを殺そうとしている。

 それ以外には一切の感情が無い。

 憎しみや虚栄心などはなく、あるのは純粋な力だけ。

 それがラランには嬉しかった。


 ラランは一枚の木の葉のようにベリーの拳をかわした。

 くるりと一回転し、腰を落とす。

 次に来るのは、左か? 右か?


 ベリーは右手をひらいた。

 指だけでラランの手首ほどもある巨大な手を左に払い、

 ラランを捕まえようとした。

 ラランは地面に手をつくほど身を低くし、それをかわす。

 と、ベリーの左腕が高く、掲げられていた。


 ……本命はこっちか。


 岩のようなベリーの左拳が落ちてくる。

 ラランは前方に大きく踏みこんだ。

 ベリーの右腕と左腕の隙間をぬうように、すり抜ける。

 左腕がラランがさっきまでいた地面を叩きつけた。

 ラランはベリーの側面まで走り抜け、

 瞬時に身体の向きを変えた。

 ベリーの側面に正対し、抜刀するのとほぼ同じ動作で、

 その岩のような身体をはたいた。


 パシン、という乾いた音が鳴り響く。

 ベリーのパンチとは比べようもないほど、

 弱弱しい音だった。

 ベリーはふっと全身の力をぬいた。

 振り返って笑う。


「斬られたか。私の負けだな」

「よっしゃあ!」


 ラランは飛び上がってガッツポーズした。

 ベリーはそれをみて微笑み、その場を去っていった。

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