魔王ルークィン
翌日。
ラランは朝食後に、
クィナのいない場所にファルを呼び出した。
もちろんアリエスも一緒だ。
内容についても、
もちろん「クィナを殺して外に出るかどうか」、だ。
結果は二人の予想通り、
「はあ!? クィナが魔王!?
で、クィナを不意打ちで殺す!?
魔王だからいいだろって!?
ダメに決まってるじゃん、そんなの!」
だった。
ファルは
「心配してくれんのは嬉しいけどさあ。
おいらに最後に確認するってことは、
子供扱いしてたってことだよねえ」
とご立腹だった。
アリエスが必死でフォローし、
ファルがぷいと顔をそむける。
ラランはむしろ微笑ましい気持ちで、それを見ていた。
おれの仲間はいいやつらだなあ、と。
結果、満場一致で「脱出方法をクィナに相談する」、
ということになった。
相談とは言ったが、いままでも相談自体はしている。
というか「ここから出たい」という、
意志は伝えていて、助言があればしてくれ、
というスタンスだった。
これまでと違うのは、
クィナにも積極的に脱出方法を考えてもらう、
というところにある。
ぶっちゃけ相談というよりも脅迫に近い。
「脱出方法がなければ、
お前を殺すことも視野に入れるけどいいよな?」
ということなのだから。
しかし、脱出を達成する上では、
これ以上のアイデアは三人には無かった。
クィナの協力をあおぐほか、無いのだ。
三人は昼食にクィナがやって来た時に、
話をすると決めた。
***
昼食は、アリエスが食材と腕に、
よりをかけて作ったカレーだった。
ホクホク顔でカレーを食べはじめたクィナに、
アリエスが「クィナは、魔王なの?」と話をふると、
クィナは呆然とした表情でスプーンを取り落とした。
「わっ、ごめん! 大丈夫?」
「うん。クィナは、平気……」
呆けた表情のまま、スプーンを取るクィナをみて、
ラランは内心ほっとして、スプーンを手に取った。
クィナの反応次第では戦闘になるかもしれないと、
身構えていたが……。
食事中なのに背負っていた刀は、
どうやらもう、必要ないらしい。
クィナは、話をしようと口を開きかけ、
すっと視線を手元に落とした。
カレーを見ている。
また視線をあげ、アリエスたちを見て、
また視線を落とす。
どうやら、カレーを味わって食べたいらしい。
すでに頭はカレーに切り替わっていたのだろう。
小難しい話で頭を使うことなく、
味覚に全神経を集中させ、
カレーを食べたいと、目の前の魔王は考えているのだ。
「いいよ、食べろよ。話は後でいいから」
「ホント?」正真正銘、子供の表情でクィナは言った。
「カレー食べていいのか?」
「ああ。いいだろ、アリエス?」
「もちろん。ごめんね。ゆっくり食べて」
「……んん? ん、ああ!」
もうすでに、ものすごい勢いで食べていたクィナは、
上の空で返事をすると、
再びカレーの世界へと旅立っていった。
ちなみにクィナはそのあと三杯おかわりした。
***
「そう、そのとおり。クィナは魔王だ。
魔王ルークィン・アルナムル。
昔、たくさん人を殺した、罪人だ」
カレーを食べ終え、ついでに昼寝もたっぷりとってから、
ララン達はもう一度たき火を囲んだ。
クィナは告白をはじめるとすぐ、
両手を広げて、目をつぶった。
「カレー、美味しかった。ありがとう。いつでもいいよ」
「え? なにが?」とアリエス。
「いつでも殺してくれて、かまわない」
「そっ、そんなこと……」
アリエスは否定はしなかった。
他にどうしようもなければ、クィナを殺すしかない。
それがわかっているからだ。
「あのね、クィナ。
僕たちはたしかに外に出たい。
でも、クィナを殺さずに出られるなら、
それが一番いいって思ってるんだ」
「……」
クィナはうなだれて、ゆっくりと手を下ろした。
「そうか……。
クィナは少し甘えていたかもしれない。
殺してくれると思ったら、つい……」
「お前、死にたいのか?」
「どうかな……。
クィナは自分で死ぬことはしないと決めたんだ。
それが罰だって。
でも、殺してくれると思ったら、
ちょっと心がゆらいじゃったな。
誰かのために死ねるなんて、願ってもないことだ」
「クィナはどうしてここにいるの?」
ファルが眉をひそめて聞いた。
誰も聞かないから、思い切って聞いてみたのだろう。
「いったい、何をしたの?」
「クィナは人をたくさん殺した」
「それはさっき聞いたよ。
おいらが聞きたいのは、
何があってそんなことをしたのかってこと。
だって、クィナが意味もなく、
そんなことするように見えないもん」
「大した理由じゃない」
クィナは悲しげに首をふった。
「クィナたちは確かに騙されていた。
でも、そうとわかっていても、
怒りを覚えたのは本当だし、人を殺したのも本当だ。
クィナは悪人だ」
「……?」
クィナの説明は短かった。
説明にもなっていない。
よくわからない。
誰かに騙されたということしか……。
クィナは続けた。
「ただ……、罪人ということなら、あいつも、同罪だ。
クィナたちを騙したあいつ。
あのにやけ面……、今でも思い出せる。
くそレーゲンスめ……」
「……なんだって?」
不意にアリエスが顔をあげた。
驚愕に目を見開いている。
立ち上がり、あっけにとられたクィナの肩をゆさぶった。
「あああああ……」
「なんて? いま、なんて、言った?」
「……え、ええと。
くそ、って言ってごめん。
カレーを食べた後には禁句だった。気をつける」
「いや、そこじゃなくて。
その後に言った名前を、もう一度、言ってくれない?」
「レーゲンス」
「にやけ面の、レーゲンス……」
アリエスは口に手を当て、何かを考えている。
手が震えていた。
「どうした、アリエス?」
「確証はないんだけど……」
アリエスは、どこか上の空のような調子で言った。
「ビルハイドのあだ名が、レーゲンスなんだ」
「お前の仇の簒奪者だったっけ?」
「簒奪はまだだよ!
いやいや、そんなことはどうでもいいんだ……。
そいつも、にやけ面で、嘘つき。裏切り者だ。
痩せてるくせに、いつもごつい黒い鎧をきてる。
自分以外の人間のことなんて、欠片も気にしていない。
正真正銘の、クズだ」
「……」
アリエスがクィナをにらむような、鋭い目で言った。
クィナは同じような目でじっとそれを聞き、
アリエスがいい終えると、ぽつりとつぶやいた。
「あいつ、生きてたのか……」
クィナの声は淡々としていたが、
静かで冷たい憎悪と、絶対的な執念をはらんでいた。




