選択とリスクと覚悟
魔王ルークィン・アルナムル。
千年以上前に突如現れ、
この周辺の国々で大勢を殺りくした存在。
壊滅的な被害をもたらした天変地異とも、
魔物の軍勢を率いた王とも、
神にとどきうる才を持った魔術師とも言われている。
本当にいたのかどうかすら怪しい、
定まった正体の知られていない、おとぎ話だけの存在。
ただただ、災厄の名前として伝わってきた存在。
それがラランの知る、魔王ルークィン・アルナムルだ。
アリエスは部屋の中央の台座をなでた。
「この結界は魔王であるクィナを、
閉じこめるためのものだ。
だから、クィナがいなくなれば結界は壊れる」
「おれをここまで連れ出したのは……」
「相談したかったから。クィナを殺すべきかどうか」
なるほど、とラランは思った。
ここに来たのはこの台座を見せるため、ではない。
ファルと、たぶんクィナにも聞かせたくなかったからか。
「おれは、まだ混乱してる。選択肢はいくつある?」
「三つある。
①クィナを殺して外に出る。
この際、方法についてはおいておくね。
②クィナを殺さない。外に出ることをあきらめる。
③クィナを殺さず、外に出る方法を探す。
この三つかな」
「②はありえないから、実質二択だな」
「うん」
「クィナ本人に相談するのは、反対か?」
「それも相談したくて、呼んだんだ」
「そうだな……」
ラランは少し黙って、考えた。
クィナ本人に相談する……。
それはつまり「お前を殺してもいいか?」と、
確認することを意味する。
普通に考えれば、まともではない。
相手が魔王だというなら特に、そんな確認は自殺行為だ。
考えるまでもない。
しかし、これまでに接してきた、
「クィナという少女」について考えれば話は別だ。
アリエスもそれが気になっているから、
こんなに悩んでいるのだ。
ラランはアリエスの顔を見た。
眉間にしわを寄せている。
本当にずいぶん悩んでいるようだ。
結論はすでに出ている。
ラランと同じだ。
ただ、結論を支える根拠が欲しいのだ。
失敗すれば、アリエス自身だけではなく、
ラランとファルも死んでしまうかもしれない。
そう考えているから、最後の一歩を踏み出せないのだ。
ラランは頭をかいた。
この問題について、もう少しつっこんで考えてみよう。
クィナを殺す場合、まあ、不意を突いて殺すわけだ。
ファルには言わない。
おれとアリエスの二人だけで、
クィナの不意を突いて殺す。
アリエスが悩んでいるのは、
「クィナを」「不意を突いて」「殺す」という、
三つのタブーが混じっているからだ。
そのせいで、この選択は取りたくないと感じている。
失敗のリスクもある。
一方で、クィナを殺さない場合……というよりも、
相談する場合。
最悪のケースは、
クィナが相談に乗らず、怒り狂い、
クィナに襲われ、
抵抗むなしく三人そろって殺される場合。
上手くいくパターンもあるだろうが、
最悪のケースのリスクが大きすぎる、
とアリエスは感じているのだ。
アリエスは、
失敗のリスクを恐れ、
クィナを殺す、というタブーを恐れている。
どこにも正解がなくて悩んでいる、
といったところだろうか……?
「おれはクィナに相談したい」
「理由は?」
「無い。
あくまでもおれの個人的な感情だ。
これは、どれだけ考えても、最後には覚悟の問題になる」
「覚悟……」
「失敗を許容する、ってことだ。
おれは、クィナを不意うちで殺すくらいなら、
おれとアリエスとファルの三人で、
仲良く魔王に殺される方がマシだ」
「……」
「もちろん、お前とファルの意見を聞いてからだけどな」
「……。
そう、だね……。
不意打ちするくらいなら、仲良く全滅、か。
ふふ……」
アリエスは悲しそうに、可笑しそうに笑った。
「どっか、おかしいか?」
「ううん、全然。ただ、ラランっぽいな、って」
「なんだそりゃ」
「最高だってことだよ」
アリエスは微笑んだ。
その拍子に目から涙が一筋流れる。
ラランは急いでそっぽを向いた。
ちょっと首を痛めるほどの速さで。
なぜなら心臓が止まるかと思ったからだ。
そのまま見ていたなら間違いなく止まっただろう。
そう思えるほど、
見てはいけないものを見たような気分になるほど、
それは綺麗な笑顔だった。
ラランはハンカチを差し出した。
「ん」
「ありがと、ララン」
「お、おう、いいってことよ」
次に彼女が顔をあげたとき、
いつもの元気なアリエスに戻っていた。
「よし! そうしよう!
ファルに聞いて、クィナに相談しよう」




