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魔法の部屋

 隠された廊下は、

 それまでの家や地下室とうってかわって、

 まるで新品のように綺麗だった。

 隙間から雑草も生えていなければ、

 ツタもないし、コケもない。

 これも魔法なのだろうか、とラランは思った。

 ラランがなにげなく壁に触れようとすると、

 たまたま振りかえったアリエスが叫んだ。


「あ! ダメだよ! 触っちゃ!」


 ラランはびくっと手を止め、ゆっくりと手をひっこめた。

 アリエスがほっと胸をなでおろし、続ける。


「下手に壁とか触っちゃダメだよ。あと床も」

「壁は百歩譲ってまあわかるが、床ってなんだよ。

 じゃあ、どこ歩きゃいいんだ」

「僕が踏んだ場所以外、踏まないで」

「踏んだらどうなる?」

「魔法が飛んでくる。たぶん」

「壁もか?」

「もちろん」

「心臓に悪いな」

「仕方ないよ」

「あと、そういうのは先に言っといてくれ」

「えへへ、ごめん」


 廊下は少々長かった。

 曲がり角もさらに下へ続く階段もあったが、

 わき道などはなく、一本道だった。

 アリエスがすたすたと進んでいくところを見ると、

 さらなる隠し通路や部屋などは無いらしい。


「ついたよ、ララン」

「ん、ああ。うぉ、すげえ部屋だな」


 ラランは小さな子供のように目を輝かせた。

 そこは魔法の部屋としか呼べないような部屋だった。

 床と壁が翡翠色に淡く輝いている。

 部屋の形はほぼ直方体だったが、

 角はなく、全てが丸みを帯びていた。

 それどころか生き物のようにゆっくりと、

 動いているようにさえ見えた。

 家具や調度品の類はない。ただ、部屋の中央に、

 台座のようなものがあった。素材は床や壁と同じようだ。

 台座の上には、魔法陣があり、

 その中央に小さな石が一つ、浮かんでいた。

 ゆっくりと回転している。


「なんだこれ……」


 ラランは恐る恐る手を伸ばしかけ、

 触れる前にアリエスを振りかえった。


「触っても大丈夫だよ」アリエスはくすりと笑った。

「害はないから」

「そ、そうか」


 ラランはこわごわ石に触れた。

 熱くないか?

 指先が溶けたりは?

 ……大丈夫だ。なんともない。


 ラランはほっと肩の力を抜き、小石に触れ、手に取り、

 まじまじとながめた。

 そこらの石と変わらない。

 やや赤みがかっているだけの、丸い、ただの石だ。


「それがこの谷をおおう結界魔法の核だよ」

「これが?」


 ラランはけげんそうに眉をひそめ、

 石を元の位置に戻した。

 石は元通り、宙に浮かび音もなく回転している。


「なら、これを壊せばいいんじゃないのか?」

「まあ、運が良ければそれでも出られるかな」

「運が悪いと、どうなる?」

「僕らごと全部つぶれる」

「全員死ぬか?」

「全員死ぬね」

「じゃあ、ダメだな」


 ラランはあらためて部屋を見回した。

 小石の他に目を引くのは、あとは魔法陣だけだ。


「アリエス、お前は最初にクィナを殺せば出られる、

 って言ったと思うんだが」

「言ったね」

「根拠はなんだ? おれは全然わかってないぞ」

「根拠は二つある。

 この魔法陣は、特定の対象を閉じこめるためのものだ。

 けれど、僕たちも出られないことから考えて、

 この中にいる者を閉じこめる機能もあるんだろう。

 でも、その特定の対象の存在自体を―――」

「ちょっと待ってくれ」

「なに?」

「わかんねえ」

「全然?」

「全然。

 つまり、どういうことだ?」

「つまり、対象が死ねば、結界は安全に解除される」

「本当か?」

「全部理解できたわけじゃないけど、そこは自信ある」

「そうか……。もう一つは?」

「ここを見て」


 アリエスは台座の腹の部分を指さした。

 よく近づいてみると、凹凸のようなものが彫られている。

 どうやら文字のようだった。


「こんなんばっかりだな」


 ラランはうんざりしたように、

 身体を起こして腕組みをした。

 不機嫌そうに眉をひそめている。


「なんて書いてあるんだ?」

「読めないの?」

「少なくともおれの国の文字じゃねえ。読めねえよ」

「古代タリア語だよ」

「どうして読めると思った?」

「意味はね……」アリエスはスルーして文字を読んだ。

「魔王ルークィン・アルナムル、ここに眠る」

「……なんだって?」


 ラランは目を丸くしてアリエスを見た。

 彼女は目を合わせてゆっくりと言った。


「クィナは、封印された、千年前の魔王だ」

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