転落
がたがた、どころではない。
もうほとんどひっくり返るような勢いで、
馬車は揺れていた。
しかし、ディーノと連れの女はその場に平然と立った。
いやそうではない。
浮いていた。
「なんだそりゃ……」
ラランが幌の桁をつかみ、
馬車から転げ落ちそうになったファルをつかんだ。
ディーノをにらみつけると、彼は肩をすくめた。
「魔法だよ。こいつは魔法使いなんだ」
「そういうことじゃねえ! なんだこれは!?」
「もういいでしょ、ディーノ。下りるわよ」
「ああ、じゃあな。ララン」
それだけ言うと、二人はもんどりうつ馬車の後部から、
すっと出ていった。
ラランは二人から視線を切り、馬車の中に意識を戻した。
あの二人はもういい。手が届かない。
ファルは無事だ。いま右手にかかえている。
パニクって少し暴れているが大丈夫。
アリエスは目の前でボールのように上下に弾んでいる。
よしよし、どっかいってないか。よかった。
「無事だな、アリエス」
「~~~~っ!??」
「よし」
返事はあった。
無事らしい。
ファルは、ラランにしがみついている。
少しくらいなら手を放しても大丈夫だろう。
ラランはタイミングを見計らい、
ファルから手を放してアリエスをつかまえた。
ラランは、アリエスを引き寄せ、二人を抱えて、
馬車の外へジャンプした。
もうすでに馬車は文字通り転げ落ちていたから、
平衡感覚などあったものではない。
飛んだ先が地面なのか空なのかもよくわからず、
とにかく飛んだ。
だからラランは飛んだ先に巨大な岩があっても、
驚かなかった。
距離と角度が悪い。
着地は、無理だ。
二人を強く抱きしめて、自分の身体を回転させ、
岩に打ちつけてクッションにした。
肺が割れるような、味わったことの無い衝撃。痛み。
ゆっくりと二人をかかえていた力をほどき、
ラランはずるずると岩の上に力なく横たわった。
「う……」
「ララン!?」
アリエスの声がした。
今度こそ無事らしい。よかった。
ファルは?
ファルの返事がない……。
ラランは指先でファルの頭をさがした。
しかし、見つからない。
「ララン、ララン! 大丈夫?」
「アリエス……」
「よ、よかった。生きて―――」
「ファル、ファルは……」
「……ファル?」
アリエスの声に一瞬、トゲのようなものを感じた。
すこし気になったが、
次に聞こえたアリエスの声はいつも通りだった。
「あ、うん、ファルは大丈夫」
答えるようにファルがせきこむ声がした。
「お、おいらは、大丈夫……」
そうか。二人とも無事か。
そうか……。
ラランは気を失った。




