噂話
……あいつはなんだったのだろうか?
ラランはそんなことをぼーっと考えながら、
注文した肉料理をむしゃむしゃと、
あっという間にたいらげた。
メインディッシュを食べ終える頃には、
あいつはあいつだ、対戦相手になったら真剣に戦おう、
と割り切って考えられるようになった。
……これで心置きなく戦えるな!
と安心してデザートのフルーツを待っていると、
隣の席の噂話が耳に飛びこんできた。
「なあ、あの王女様ってどうなったんだっけ?」
「は? 王女様?」
「ほら、リリーボレアの、姫騎士ステラだよ。
金髪に、青い瞳の、えらい美人の、ステラ姫」
ラランは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
すんでのところでこらえて、せきこむだけで済んだ。
いやいや、髪と目の色が同じというだけだ。
よくある……、よくある色じゃないか。
見たことはないが……。
いやいや、ないない。他人に決まっている。
いやしかし……!
ラランはあの少年のやたらと整った顔立ちを思い出し、
また落ち着かない気分になってきた。
口をはさみたかったが、
盗み聞きなんていかにも体裁が悪い。
知らん顔して盗み聞きを続行する。
隣の客はいきなりせきこんだラランを、
不思議そうに見たが、会話を続けた。
「ステラ姫か。すげー可愛い女の子だって聞いたな。
どうなったんだろうな。最近聞かねえけど。
こっちの方に逃げてきたんだっけ?」
「たしか国境沿いの街で目撃されたのが最後だったな」
「一目見てみてえよな。絶世の美少女なんだろ?」
「らしいな。手配書いらず。金髪に青い目の美人。
一目見れば本人だと確信できるって」
「あー、見てみたいなー!」
「しかし、どうするんだろうな。こっから」
「なにが?」
「逃げたって、どうしようもないだろ。
逃げ切れるもんかね?
すげー懸賞金がかかってるし」
「そうだな。一目みたいのは、それもあるな。
目撃情報だけでも目が飛び出るような額なんだよな」
「だいたい英雄祭の優勝賞金の十倍だな」
「一生遊んで暮らせるな……」
「そこまでじゃねえよ」
「ああ、見てみたいねえ、ステラ姫」
「そうだな」
ラランは代金をテーブルにおいて、そっと席を立った。
それ以上は聞いていられないと思った。
しかし、立ちあがったところで、
デザートを持ってきた店員と鉢合わせた。
「あ、お客さん、デザート、お持ちしましたよ」
「……」
ラランは無言で店員からフルーツの入った皿を受けとり、
立ったまま全て口に放りこんだ。
「ごっそさん」
あっけに取られた店員に空になった皿を返し、
フルーツをほおばりながらラランは出て行った。
***
英雄祭がおこなわれるコロシアムは街の中央にある。
そのあたりは広場になっていて、店や家はない。
広場の中央には噴水があった。
いつもなら親子連れでにぎわう時間だが、
今は人がほとんどいなかった。
いるのは一人だけ。
ふんどし一丁になったララン一人だった。
「うぅ、冷てぇ!」
ざぶざぶと噴水の中に足を踏み入れ、
頭を水の中に沈めた。
……関係ねえ!
頭を冷やし、泡を吐き散らしながら水の中で叫んだ。
あいつが、ただのアリエスだろうが、
姫騎士ステラとやらだろうが、関係ない。
おれは英雄祭で戦うだけだし、密告したりもしない。
……金があれば先生の暮らしも楽になるだろうが、
姫を売った金をもって帰っても、先生は喜ばない。
そうだ。先生は喜ばない。
ラランは沈めた身体を起こすと、噴水から出てきた。
犬のようにぶるぶると水を弾き飛ばし、
彼の荷物のまわりに群がろうとしていた、
みすぼらしい身なりの子供たちに言い放つ。
「ガキども! 服と刀以外は持ってっていいぞ!」
「じゃあ、なんも無いじゃんか!」
「無いか! そいつは悪かったな! ははは!」
ラランは不満げに見上げる子供の頭をぐりぐりとなで、
ばしっと両手を叩いた。
「ほら、行け! 着替えんだから、見てんじゃねえ!」