帰還
「あいたたた……」
「……」
「えーっと、あー……、うん」
赤くはれた頬をさするララン、
ふくれ面でそっぽを向くアリエス、
気まずそうに口をつぐむファル。
三人は街の外を壁沿いに歩いていた。
領主の屋敷からはどうにか脱出できた。
ビンタの音が、静かな街中に響き渡ったが、
どうにか無事、バレずにすんだ。
これで、盗みに入ったことすらバレないだろう。
でも、とファルは思った。
今のところ問題はそこじゃない、と。
「へっくしょい! へっくしょい!」
「ララン、うるさい……」
「誰のせいだ、誰の!」
ラランは上着を着ていない。
裸、というわけではないが、薄いシャツ一枚だった。
春とはいえ、夜にはかなり寒い格好だった。
その上着は、というとアリエスが着ていた。
羽織っているのではなく、腰の周りに巻いていた。
アリエスのズボンが破けてしまったので、こう、
あられもない姿にならないよう、
上着を巻いているのである。
「……僕のせいじゃ、ないもん」
「おれのせいでもねえよ!」
「……」
アリエスはむっと口を閉ざした。
誰も何も言わない。
問題とは、これである。
ファルはこっそりとため息をついた。
ズボンが破れたせいで、
パンツをラランに(たぶん)見られ、
さらにはお姫様だっこまでされた。
察するに……、そのときにお尻でも触られたのだろう。
ラランは気づいていないのだろうけど、
それもアリエスを怒らせていると、ファルは感じている。
アリエスはこのあたりのこと全部ひっくるめて、
気に入らないのだ。
理由が多すぎるし、口にできないことも含んでいる。
だから、ただ黙ってふくれ面をするしかないんだ、
とファルは分析していた。
もう少し速度をあげよう。
夜が明ける前に壁をこえて戻らないといけないし、
速く歩いた方が震えずに済む。
なんだか怖くて、身体の芯から震えてくるのだ。
ああ、一刻も早く眠りたい……。
***
こうしてララン達は無事、
四人分の旅券購入費用プラスアルファを獲得した。
ララン、アリエス、ファル、ファルの母親の四人分だ。
ちょっとバレそうになったのもあって、
一週間ほど待ってから、
ラランとアリエス、ファルと母親の、
二組にわかれて購入した。
変装もしたためか、
意外にもあまり怪しまれることはなかった。
たしかに旅券は高いが、購入する人間はゼロではない。
週に一組くらいは、
ファルと同じような境遇のリリーボレア人とか、
中堅の商売人とか、
物好きでお金持ちの旅人とかが購入しに来るらしかった。
こうして、ララン達は無事にバンダリーの検問を通って、
正式にリリーボレアに入国したのだった。




